FEATURE01 老舗塗装屋の新たな挑戦

 大小様々な工場が立ち並ぶ横浜市都筑区の一角に、自動車の板金塗装で知られる太一自動車がある。

 仕事はメーカーのディーラーを介して受けることが多いため、その名前があまり表に立つことはないものの、とりわけフランス車やイタリア車、そしてアメリカ車を取り扱うディーラーからの信頼は厚く、「他がダメでも太一自動車なら」と、駆け込み寺のような存在になっているのだ。

 「特別な作業をしているというよりも、例えば下地処理には手間ひまを惜しまず、もしもボディパネルをアッセンブリーで交換する場合でも、取り寄せたそのパネルの出来不出来にこだわります。一般的にはまったく問題ない範囲だとしても曲がりや反り、塗装の良し悪しが我々の基準を満たすモノでなければ、それが見つかるまで待つなど、そういうことの積み重ねですね。板金塗装は早さや安さを求めると必ず後々問題が出てくるんです。5年先10年先の事を考えて手を尽くすかどうか。それが先代からの教えですから」と同社でおよそ50年のキャリアを誇る最古参の職人のひとり、平本さんは語る。

 そんな太一自動車の創業者であり、先代社長の千野さんは東京オリンピックの余韻が色濃く残る1965年、東京都世田谷区に最初の工場を設立。アルファロメオやシトロエンの作業をいち早く任されるなど、板金塗装を通して日本のモータリゼーションの開花を支えてきたのである。

 生粋の塗装職人としての素養は生まれ育った環境にも関係し、先代の父は大正時代に馬車のうるし塗りを手掛けていたというから血筋と言っていいのかもしれない。そして、それは現在代表を務める千野恭男さんにも引き継がれている。

 恭男さんは先代が作り上げた老舗の看板に安穏とすることなく、より充実した塗装と整備を実現するために工場を世田谷から横浜に移転。従来の板金塗装は壊れた部分の現状復帰が大原則だったが、最近ではスペクトラクロームと呼ばれる新しい塗装を取り入れ、様々な分野にその技術を活かそうとしているのだ。

 スペクトラクロームの特徴はメッキと同等かそれ以上の輝きを塗装で再現できることにある。通常のメッキの場合、基本的にパーツを溶液に浸すため、丸ごと処理せざるを得ず、加工できるパーツの大きさは溶液槽の容量に左右された。ところがこれなら塗装と同じように塗り分けができ、大きさも自由。しかもシートやステアリングといった柔らかな素材にも塗布が可能なため、その用途は家具や建築物にまで及んでいる。

 100年に渡る馬車とクルマの時代を経て、新しいステージへ。太一自動車は今も塗装の可能性を追求し続けているのだ。

文・伊丹孝裕 写真・長谷川徹

メッキと同等の輝きを放つ「スペクタルクローム」は、エンブレムやグリルに限らず、自転車のサドルやスマホケースなど、柔軟性のある物にも塗装が施せる。これまでもメッキ塗装は存在していたが剥がれやすく実用性に乏しかったらしい。スペクタルクロームは、強度と柔軟性が格段に違うという。右はDUPONT(デュポン)の色見本帳。老舗の塗装屋らしく歴代の外車の色も再現できる。

太一自動車
住所:神奈川県横浜市都筑区折本町316 Tel:045(473)8637
E-mail:dai1car@axel.ocn.ne.jp


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