『大脱走』のトライアンフとバド・イーキンス

文・山下敦史 写真・長谷川徹

スティーヴ・マックイーンの代表作「大脱走」での有名なジャンプーシーン。

ナチスの捕虜収容所から辛くも脱走した連合軍の米兵ヒルツは、敵兵からバイクと制服を奪い、中立国スイスの国境へと向かう。

 追手と銃弾をかいくぐり、道路を外れて丘が連なる草原をひた走るヒルツ。だが目前の国境には無情にも丸太と鉄条網、二重のフェンスがそびえ立つ。ヒルツは意を決し、丘の斜面を利用して決死のジャンプを試みる……。

マックイーンのもうひとつの代表作である「ブリット」でのひとコマ。ともにマックイーンの友人でもあるバド・イーキンスがカースタントを務めた。

 何度観ても心臓が早鐘を打つ。映画史上に輝く傑作「大脱走」の名場面だ。ヒルツを演じるのは伝説の俳優スティーヴ·マックイーン。バイクの操縦にも長けた彼はこの場面も自分で演じたがったが、危険すぎるこのジャンプだけは代役を立てることになった。このとき、この大役を任されたのがマックイーンが信頼を置く親友バド·イーキンスだった。

 10代の頃からオフロードバイクレースで頭角を現わしていたイーキンスは、トライアンフTR5トロフィーを駆ってオフロード界屈指の大規模レースだったカタリナグランプリで優勝、ほどなくトップレーサーとして成功を収める。やがて彼はハリウッドにトライアンフのディーラーをオープン、若き日のポール·ニューマンやクリント·イーストウッドら気鋭の俳優たちと交流を持つことになるが、その中にスティーヴ·マックイーンがいた。同い年という気安さもあったのか、イーキンスはバイクを通じてマックイーンとの友情を育み、時には共にレースに出場するほどの親友となった。そして、「大脱走」の伝説のジャンプ。設定上では、ナチスから奪ったバイクは当然ドイツ製、BMWのマシンなのだが、実際のBMWの車重ではフェンスを飛び越えることが困難だったため、撮影では軽くてパワーがあり、イーキンスが扱い慣れたトライアンフのTR6トロフィーが使われることになった。ドイツ軍風にカスタムしたのもイーキンス自身だったそうだ。余談だが、このシークエンスの最後、ヒルツが役目を終えたバイクのタンクを「よくやったな」とばかりにポン、と優しく叩く仕草がたまらなく好きだ。台本にあったのかマックイーンのアドリブなのかは分からないけど、マシンに対する愛情と敬意にあふれたいい場面だと思う。閑話休題、イーキンスはこの「大脱走」を機に、スタントマンとしても輝かしいキャリアを積んでいくことになる。マックイーンのもう一つの代表作「ブリット」もそうだ。刑事ブリットの駆るフォード·マスタングGT390ファストバックがサンフランシスコの急坂をジャンプしバウンドし、逃走犯のダッジ·チャージャーを猛追する。イーキンスはノンクレジットながら、ここでもいくつかのカットでスタントドライバーを務めたとされている。

 「大脱走」は今となっては57年も昔の映画だけど、クエンティン·タランティーノ監督の話題作「ワンス·アポン·ア·タイム·イン·ハリウッド」の中に登場したこともあって、そちら経由で知ったという若い人もいるかもしれない。

 このスペシャルエディションを買う人が必ずしもイーキンスやマックイーンのコアなファンである必要はないし、見た目が気に入ったという理由だけでも全然構わない。

 でも良かったら、その名に冠された想いがあることを知ってもらえたら、と思う。どんなに優れたバイクでもスペックは陳腐化していくが、そこに刻まれた物語の輝きは消えない。今年はイーキンスにとって生誕90年のメモリアルイヤーであり、盟友マックイーンにとってもやはり生誕90年、そして没後40年でもある。もうこの世にはいない両者がなぜ今もレジェンドであり続けるのか。「大脱走」「ブリット」……彼らが残した作品に触れることで、その理由の一端が分かるはずだ。


トライアンフ ボンネビルT100
バド·イーキンス スペシャルエディション

ハンドペイントのコーチラインが入ったカリフォルニアイメージの2トーンカラータンクには、約30年振りに使用されたヴィンテージTRIUMPHのエンブレムを採用。さらにモンザスタイルのフリップアップ式キャップを装備する。フロントフェンダーとタンクには、イーキンスがディーラーを構えた地「シャーマンオークス·カリフォルニア」のロゴも。他にもLEDウインカー、バーエンドミラー、専用グリップ、ブラックエンジンバッジなど、スペシャルパーツを多数装備する。
※ツートンカラーの価格で、通常選べない装備も含め約10万円分のパーツが付いてくる。
車両本体価格:1,293,500円
エンジン:水冷SOHC並列2気筒 8バルブ270°クランク
総排気量:900cc
最高出力:40kW(55PS)/5,900rpm
最大トルク:80Nm/3,230rpm
車両重量:232kg
水冷並列2気筒900cc270度クランクは、心地よいパルス感と歯切れの良い排気音を生み出してくれる。ダダダっとダッシュするのも良いが、このバイクはダラーっと流すのが一番。何も考えずにどこまでもずーっと乗っていられる。イギリス車なのに格式張ったところがなく、カリフォルニアの乾いた感じがするところがバド·イーキンススペシャルエディションの最大の魅力。赤白のカラーリングを反転させた1,200ccのT120バド·イーキンススペシャルエディションもある。

紹介したバイクは、YouTubeのaheadTVでもご覧いただけます。


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