F1ジャーナリスト世良耕太の知られざるF1 Vol.47 ノーズが“醜く”なった理由

 F1のルールを統轄するFIA(国際自動車連盟)はノーズを低くしたかった。だから、2014年の技術規則を改定し、ノーズ先端の高さを前年より315㎜低くするよう参戦チームに義務付けた。けれども、チームはそれまで同様、高いノーズのまま設計したかった。両者の思惑が一致しなかったため、なんとも奇妙な形が生まれることになった。

 FIAがノーズを低くした理由は安全性の確保である。ノーズが高いと、横向きになった他車に衝突した際、尖った先端がヘルメットを攻撃する恐れがある。また、追突した際、ノーズが低ければ相手車両に引っかかるだけで済むが、ノーズが高いと乗り上げてしまう。乗り上げるだけで済むならいいが、高速で走っている場合はフロアの下に大量の空気が入り込んで浮き上がってしまう。

 ’10年のヨーロッパGPでは実際、周回遅れをパスしようとしたウェバーが先行車の後輪に乗り上げ、宙を舞って着地した。幸いドライバーに怪我はなかったが、規則変更を決意させるに十分な出来事だった。

2013年まではノーズ先端(厳密に言うと、規則上は先端の後方50㎜)の高さは500㎜まで認められていた(フロア底面基準)。2014年からは185㎜より低く設計しなければならず、規則に合わせて設計すると空気の通り道を邪魔してしまう。そこで、規則が許す範囲で先端部だけ細くし、できるかぎり空気の通り道を確保しようとする取り組みが出てきた。設計にあたった当事者たちもできあがった形が格好いいとは思っておらず、先端部だけ黒く塗って存在感を消そうとしているチームもある。

 ’12年にはノーズ全体の高さをそれまでより75㎜低くするよう規則が改められたが、それでは不十分と判断。もっと大胆な規則変更につながったのである。

 困ったのはチームだ。安全性を確保したいFIAの狙いはわかるが、ノーズを低くすると遅くなってしまうからだ。F1の速さを決定づけるのは、空気の圧力差を利用して車体を地面に押さえ付ける〝空力〞である。その空力性能を高めるには、ノーズを高く設計してフロントウイングとの間に挟まれた空間からたくさん空気を取り込み、取り込んだ空気をフロアの下や、ボディ側面に沿わせてリヤに導くのがセオリー。古くは’90年代初頭にティレルやベネトンが始めた手法だが、近年のトレンドセッターはレッドブルである。

 ’09年のRB5は極端に高いノーズを採用して登場した。その流れを汲んだ’10年のRB6がタイトルを獲得し、連覇をつづけると、それまで低いノーズでバランス点を探っていたチームも追随するようになった。

 ’14年の技術規則を額面通りに受け取ってノーズを設計すると、空気の流れを邪魔してしまう。フェラーリやメルセデスのように割り切って設計したチームもあるが、残り9チームは程度の差こそあれ、ノーズ先端部分の構造を工夫してスリムにし、リヤに向けて積極的に空気を流そうとしている。根元だけ太くて先端部分だけ細いのは、先端にだけ適用される最低断面積をクリアするためだ。FIAとしては根元から先端までスムーズなラインで設計するだろうと読んだのだろうが、そこは速さを求めるF1チームのこと。細くていいところは細くし、性能を追求してきたというわけだ。美醜はともかく。


Kota Sera

ライター&エディター。レースだけでなく、テクノロジー、マーケティング、旅の視点でF1を観察。技術と開発に携わるエンジニアに着目し、モータースポーツとクルマも俯瞰する。

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