岡崎五朗のクルマでいきたい vol.56 奥深いタイヤの溝

 2度にわたる2月の大雪は、首都圏に住む人にもスタッドレスタイヤの重要性を印象づけた。僕も、次の冬は自分のクルマにスタッドレスタイヤを履かせることに決めた。新商品が出揃う夏になったら商品選びを始めるつもりだ。

 しかしスタッドレスのことを考える前に、もっと大切なことがある。夏に向け、次第に増していく雨への備えだ。

 子供の頃、レーシングカーのタイヤに溝がないことを見て驚いた記憶がある。あんなツルツルのタイヤでどうして速く走れるんだろう?

 タイヤのグリップはゴムと路面の摩擦が生みだすものであり、ドライ路面なら溝がないほうが接地面積が大きくなってグリップは上がる。ただし雨が降ると溝のないタイヤは水膜に乗って簡単に滑ってしまうため、水を逃がす溝が掘られているのだ、ということを知ったのは少し経ってからのことだった。

 まさに子供の素朴な疑問。だが、大人になってもそのあたりをきちんと理解していない人がたくさんいる。ある調査によると、タイヤの溝の目的を知らない人はおよそ3割。女性に限っていえば、ほぼ半数が知らないという結果になった。しかもこの調査は、1ヵ月に1回以上クルマを運転する現役ドライバーを対象にしたものである。

 法律では残り溝が1・6㎜以下のタイヤは使ってはいけないことになっている。タイヤ側面に付いている△マークを目印にスリップサインをチェックすれば一目瞭然だ。さらに言えば、残り溝が新品時のおよそ半分の4㎜以下になると雨天時の性能は急速に低下していく。法的にはOKでも、安全を考えればタイヤは4~5分山程度で交換するのがベストなのである。

 しかし、ガソリンスタンドに勤める知人に聞いてみると、残り溝が少ないから危険ですよ、と告げても取り合わない人が多いのが現実だという。そもそもタイヤの溝が何のために付いているのかすら知らない人が多いこの国では仕方がないのかもしれないが、タイヤは安全に直結する最重要パーツ。空気圧を含め、日頃からタイヤのチェックをしっかり行うことをおすすめしたい。


HONDA VEZEL ホンダ ヴェゼル

SUVの力強さとクーペの美しさの融合

 ヴェゼルのデザインテーマは「SUVの力強さとクーペの美しさの融合」だという。なるほど外観をよくよく眺めてみると、そこここにこだわりの造形が見つかる。なかでも印象的なのは、フロントフードとフロントフェンダーをつなぐ大胆な造形と、後方に向け跳ね上がるダイナミックなキャラクターラインだ。そうそう、サッシュに組み込んだ隠しリアドアハンドルも、クーペ的な雰囲気を生み出している要因のひとつである。

 SUVの力強さを表現するのは大径タイヤと、それを包み込むワイルドなフェンダーだが、フェンダーがボディ同色仕上げになる最上級グレードでは、せっかくのSUVテイストが薄れてしまうのが残念なところ。残念さに輪をかけるのが、とても素敵に仕上がったブラウン内装(下の写真)が最上級グレードでしか選択できない点だ。生産効率、販売効率の追求も大切だが、できることなら選択肢をもっと増やして欲しいところである。

 パワートレーンは1・5L+CVTと、1・5Lハイブリッド+7速DCTの2種類。販売の約8割を占めるハイブリッドの走りは上々だ。スポーツモードを選択すればキビキビと走るし、それ以外のモードではリアクティブフォースペダルが、違和感を感じさせない範囲でペダルの重さをコントロールしスムーズで燃費のいい走りをサポートしてくれる。

 気になったのは乗り心地の固さ。開発担当車は「ホンダらしいスポーティーな走りを重視した結果」と説明してくれたが、ホンダらしさ=スポーティー。スポーティー=固い足。よって固い足=ホンダらしさという3段論法はマツダが10年前にやっていたのと同じこと。足をしなやかに動かして接地性を確保するのがトレンドとなっているいま、考え方としてはいささか古さを感じてしまう。デザイン、パッケージング、パワートレーンにはキラリと光るところがあるだけに、マイナーチェンジに向け再チューニングを望みたい。

「フィット」と共通のプラットフォームをベースに持つコンパクトSUV。上半身は艶のあるクーペ・デザイン、下半身はSUVならではの力強さを表現した。魅力はデザインだけでなく、走りのパワーやシートアレンジの充実など実用性も兼ね備えたところ。Xグレードでは、ガソリン車とハイブリッド車の価格差は34万円(FF)となっている。

HONDA VEZEL

車両本体価格:¥2,350,000(HYBRID X/FF)
全長×全幅×全高(mm):4,295×1,770×1,605 車両重量:1,280kg
定員:5人 エンジン:水冷直列4気筒横置 総排気量:1,496cc
【エンジン】最高出力:97kW(132ps)/6,600rpm 最大トルク:156Nm(15.9kgm)/4,600rpm
【モーター】最高出力:22kW(29.5ps)/1,313-2,000rpm 最大トルク:160Nm(16.3kgm)/0-1,313rpm
JC08モード燃費:26.0km/L 駆動方式:前輪駆動

SUZUKI HUSTLER スズキ ハスラー

エモーションを刺激する軽自動車の新たなモノサシ

 東京モーターショーでひときわ多くの注目を集めていたハスラーは、ワゴンRの主要部品を使いつつ、軽自動車にはなかった「クロスオーバーSUV」という世界観を表現することに成功したスズキの意欲作だ。メーカーの大黒柱として誰からも嫌われないことを重視せざるを得ないワゴンRとは違い、ルーフを白く塗った2トーンカラーやユニークな形状のヘッドランプ、SUV風の高い車高など、強い個性をもっている。

 もちろん、ひとつのプラットフォームから様々な派生モデルを作るのは現代の自動車産業の常識であり、それ自体に新鮮味はない。ハスラーがすごいのは個性派でありながらニッチで終わっていないことだ。発売1ヵ月での受注台数は月販目標台数の5倍にあたる2万5000台!に達したという。

 実に興味深い。ハスラーのヒットは、軽自動車選びの価値観が変わりつつあることを示しているのかもしれない。

 軽自動車は車高に応じて「セダン」「トールワゴン」「スーパートールワゴン」の3種類に分類できる。同じジャンルならどのメーカーのどの車種を選ぼうがキャラクターは似たり寄ったりというのが現状。違いが少ししかないだけに、ユーザーは価格や燃費のわずかな違いで選ぶことになりがちだ。それに対し、ハスラーは異なる水平線上にいる。あえて分類をすればトールワゴンであり、室内空間も荷室空間もワゴンRとほぼ同じだ。が、ハスラーを選ぶ理由は広さでも燃費でも価格でもない。「可愛い」とか「カッコいい」とか「このクルマを買ったら毎日が楽しくなりそう」といったエモーションなのである。

 広さ、価格、燃費以外にも軽自動車の魅力を測るモノサシがあることを提示したハスラー。このルネサンスは、やがてコンパクトカーにも波及していくだろう。数年後の日本の道は、いまよりずっと楽しげになっているのではないだろうか。

ポップなデザインが印象的なハスラー。オレンジの車体色では、インパネの樹脂パネルもオレンジ、ピンクやブルーのボディでは白色を採用している。車体色は、2トーン仕様とモノトーンを合わせ全11色から選べ、走りに関しても5速マニュアル、ターボ、四駆など、充実した選択肢を取り揃えている。

SUZUKI HUSTLER

車両本体価格:¥1,211,700(G/2WD・CVT)
全長×全幅×全高(mm):3,395×1,475×1,665
車両重量:790kg 定員:4人 エンジン:水冷4サイクル直列3気筒
総排気量:658cc 最高出力:38kW(52ps)/6,000rpm
最大トルク:63Nm(6.4kgm)/4,000rpm
JC08モード燃費:29.2km/L 駆動方式:前輪駆動

NISSAN X-TRAIL 日産 エクストレイル

タフなキャラから洗練されたオトナへ

 水洗いできる荷室や撥水加工シート、本格的4WDシステムなど、アウトドアユースを強く意識したSUVとして2000年にデビューした初代エクストレイル。2007年に登場した2代目もその進化形であり、基本コンセプトに変化はなかった。高級とか上質さではなく、海や山といった遊びのシーンでガンガン使い倒せること。多少傷がついたって気にならない四角くてシンプルでタフな奴。そんなキャラは多くの人に支持された。

 それに対し、新型エクストレイルはずいぶんと洗練された。ディテールにはエクストレイルらしさを残している部分があるものの、丸みを帯びたフォルムからは乗用車的なイメージが強く漂っているし、インテリアもかなり上質になった。それはそれで歓迎すべきことなのだが、エクステリアデザインを含め、エクストレイルらしさが薄れてしまったと感じる人もいるだろう。乗用車テイストの強いSUVであるデュアリスをカタログから落とし、エクストレイルに統合するというモデル戦略は、結果として新型エクストレイルの個性をやや分かりにくくしたように思える。

 とはいえ、撥水シートや水洗いできるラゲッジボード、使いやすい荷室など、機能面ではエクストレイルらしさをしっかりと継承。4WDシステムもさらに進化した。

 エンジンは2Lのみ。先代にあったディーゼルエンジンが用意されていないのは惜しいところだが、出来のいいCVTは2Lエンジンの能力を巧みに引き出し、一般道はもちろん、高速道路や山岳路でもストレスのない走りをもたらしてくれる。キビキビ感を抑え、穏やかで扱いやすい性格に仕上げたフットワークにも好感がもてた。ただし、荒れた路面で伝わってくるガツンという角の立ったショックは今後の課題だ。

 個性が薄れたのか、それとも一皮むけて大人になったのか。そのあたりが新型エクストレイルに対する評価の分かれ目になりそうだ。

使い倒せる道具としての力強さを継承・進化させながら、安全装備や環境性能も高めた新型エクストレイル。新しい電子制御技術である「アクティブライド・コントロール」「アクティブ・エンジンブレーキ」を採用、より安定性に優れた走りが得られるほか、燃費性能もアップさせた。年内にハイブリッド車モデルも投入される。

NISSAN X-TRAIL

車両本体価格:¥2,520,000(20X/4WD・3列車)
全長×全幅×全高(mm):4,640×1,820×1,715
車両重量:1,570kg 定員:7人
エンジン:DOHC筒内直接燃料噴射直列4気筒  総排気量:1,997cc
最高出力:108kW(147ps)/6,000rpm
最大トルク:207Nm(21.1kgm)/4,400rpm
JC08モード燃費:15.6km/L
駆動方式:4輪駆動

PEUGEOT 2008 プジョー 2008

SUVテイストが隠し味の都会派クロスオーバー

 中央がゼロの3ケタ数字の車名でお馴染みのプジョーだが、主力車種から派生したモデルには3008や5008といった4ケタ数字を与えている。2008は、ベースとなったコンパクトカー「208」の全長を200㎜、全高を80㎜アップした、コンパクトカーとステーションワゴンとSUVの要素を併せ持つクロスオーバーモデルだ。

 207SWの実質的な後継モデルではあるが、SUVテイストを取り入れてきたのが目新しい部分。前後バンパー下のステンレス製プロテクターやルーフレール、キックアップしたルーフなどにより208とはまるで別物に仕上がっている。それでいて全高は1550㎜。都市部に住むユーザーにとってタワーパーキングに収まるのは嬉しい点だ。

 ヴェゼルもハスラーもエクストレイルも、SUVテイストを取り込んだクルマづくりをしている。本格的SUVはトゥーマッチだけどあの雰囲気は好き…と考えるユーザーが増えているからだ。となると、SUV風味をどんな手法で、どの程度効かせるかがメーカーの腕の見せどころになってくる。2008の場合、低めの全高や、あえて強調していないフェンダー周りの処理、4WDの設定がないことなどを含め、SUV風味を隠し味程度にとどめているのが特徴だ。

 ドライブフィールにも同じことが言える。着座位置は低めだし、重心の高さや重さも感じさせない。208のような軽快で気持ちのいい走りを味わえる。

 3気筒とは思えないほど静かにスムーズに回る1・2Lエンジンが2ペダル化されたのもニュースだ。シングルクラッチタイプなので低速ギアでのシフトアップ時には減速感が出る。それをアクセルワークでコントロールして走るのはなかなか楽しいのだが、人によっては違和感を覚えるだろう。2008を購入するなら一度試乗してこの辺りのフィーリングを確かめてみることをおすすめする。

発売一年以内で累計生産台数が早くも10万台を突破。都会派クロスオーバーとして、世界的に支持される人気モデルとなっている。写真の上から2つ目の大きなガラスルーフをはめた上級モデル(Cielo・270万円)に対し、ベースモデル(Premium・246万円)の天井には、その次の写真のようにLEDが内蔵されたラインが施され、夜のドライブを演出。フランスらしいお洒落さが光る。

PEUGEOT 2008

車両本体価格:¥2,460,000(Premium)
全長×全幅×全高(mm):4,160×1,740×1,550
車両総重量:1,140kg 定員:5人
エンジン:直列3気筒DOHC 総排気量:1,199cc
最高出力:60kW(82ps)/5,750rpm
最大トルク:118Nm(12.0kgm)/2,750rpm
JC08モード燃費:18.5km/L
駆動方式:前輪駆動

文・岡崎五朗

Goro Okazaki

1966年生まれ。モータージャーナリスト。青山学院大学理工学部に在学中から執筆活動を開始し、数多くの雑誌やウェブサイト『Carview』などで活躍中。現在、テレビ神奈川にて自動車情報番組 『岡崎五朗のクルマでいこう!』に出演中。

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