岡崎五朗のクルマでいきたい vol.55 いいものを評価する世に

 同じ事柄でも、立場が違うと見え方が180度違うことがある。最近よく思うのが、クルマ作りをする際のコストに対する考え方だ。

 現場のエンジニアと話していると、1円にも満たない〝銭〟単位でのコストコントロールを要求される辛さが痛いほど伝わってくる。彼らにとって1円は大金だ。

「ダンパーのコストを、1本あたりあと10円増やせたらもっといい乗り味が実現できるのですが」「遮音材にあと100円かけられたら、静粛性はガラッと変わりますよ」「スポット溶接を増やせばボディの剛性感は上がるんですが、1ヵ所につき1円もかかってしまうんです」

 クルマは最低100万円はする高額商品だ。僕らユーザーにしてみれば10円や100円などほんの些細な額であり、乗り心地や静粛性などクルマが明らかによくなるのなら、価格が多少上がってもいいと考えるのが普通の感覚だろう。

 しかし、あと10円かければ…とわかっていながら安いダンパーを使わざるを得ないのが現実。なぜメーカーはそれほどまでして徹底したコストカットをするのだろうか?

 メーカー側の事情をイメージしやすくするため、極限まで単純化した計算をしてみよう。クルマは大小約3万個の部品でできている。1つの部品のコストが1円ずつ上がると合計3万円のコストアップになり、それを吸収するにはコスト×3=約10万円価格を上げなければならない。200万円のクルマなら約5%の価格上昇だ。一方、日産を例にとると、直近の売上高営業利益率は4・7%。仮に1個あたりの部品コストが1円上がったものの価格を上げられなければ利益はすべて吹き飛ぶことになる。

 しかし、多くのメーカーが激しい競争を繰り広げているなか、価格を引き上げるのは難しい。メーカーが「銭単位」のコストコントロールをする理由はそこにある。

 そう言われると「たしかに」と思ってしまいそうになるけれど、やはり僕は多少高くてもいいクルマが欲しい。そのためには、いいものをきちんと評価し、少しだけ余計にお金を払うというユーザーマインドが不可欠だ。価格と燃費と広さのみに翻弄される日本のクルマ業界において、われわれ自動車メディアに課せられた役割はそこにある。


HONDA N-WAGON ホンダ Nワゴン

バランスが良い軽自動車の「ど真ん中」

 スマートフォンの普及を前にもはや風前の灯火となっているガラケー。しかし「ガラ軽」こと日本独自の規格である軽自動車はいまだ勢いを失う気配すら見せない。多くの人が「これで十分」と感じ、結果として人々の日々の生活に深く入り込んでいる商品はやはり強い。加えて、売れる→メーカーが開発に力を入れる→魅力的な商品が登場する→売れるという好循環ができあがっているのも軽自動車人気の秘密だ。

 なかでも積極的なのがホンダで、広大な室内空間を誇るNボックス、軽自動車離れした質感が自慢のNワンに続き、ダメ押しモデルとも言うべきNワゴンをリリースしてきた。

 Nワンのコンセプトをひと言で表現すれば「ど真ん中」となる。室内はNボックスほどだだっ広くはないし、Nワンほどスタイリッシュではないが、使い勝手や走りといったトータルでベストバランスを狙った。ワゴンRとムーヴがライバルと言った方がわかりやすいかもしれない。

 自転車を積み込んだり室内で着替えをしたりするならNワゴンのほうが便利だが、普通に使う分には室内の広さは十分以上。Nシリーズとしては初めて後席に前後スライド機構が付いたのも朗報だ。走りにも高得点が付く。なかでも、軽自動車の弱点である低速域での戻りの悪さを大幅に改善したパワーステアリングの出来は秀逸。ノンターボエンジンは騒音レベルの大きさが気になるが、ターボ車を選べばリッターカー以上の余裕が手に入る。

 Nワゴンの投入でホンダの軽自動車のラインアップはとりあえず完成した。どれもユーザーニーズを上手に捉えた秀作であり、加えて2015年には待望の軽ミッドシップスポーツが加わる。が、これで満足してもらっては困る。ホンダには、ぜひとも軽自動車の王道である経済性を突き詰めたスズキ・アルトやダイハツ・ミライースのようなモデルも手がけて欲しいものである。

軽自動車の“新しいベーシック”を目指し、居住性、安全性、燃費性能、デザイン、走り、といった軽に求められる主な要素を高い次元で備えた一台。また、軽量性と高剛性を両立させたボディや専用サスペンションの採用で、高速道路でも静粛性を保ちながら安定した走行性能を得られる。高級感や存在感もほしいというユーザー向けに「Nワゴン カスタム」も設定している。

HONDA N-WAGON

車両本体価格:¥1,350,000(G・ターボパッケージ/FF)
全長×全幅×全高(mm):3,395×1,475×1,655
車両重量:850kg 定員:4人 エンジン:水冷直列3気筒横置
総排気量:658cc 最高出力:47kW(64ps)/6,000rpm
最大トルク:104Nm(10.6kgm)/2,600rpm
JC08モード燃費:26.0km/L 駆動方式:前輪駆動

TOYOTA HARRIER トヨタ ハリアー

値段以上の価値を発揮 若者のモテグルマ

 手元に興味深いデータがある。先代ハリアーを買ったユーザーの約3割が20代だったという。トヨタだけでなく、他のメーカーをみても20代の割合がこれほど多いクルマはない。若者のクルマ離れが叫ばれるなか、ハリアーだけは若者に大人気なのだ。

 なぜ若者に人気なのか。開発責任者を務めた有元チーフエンジニアは「ハリアーは現代のモテグルマなんです」と語る。若い男性が頑張ってローンを組んでハリアーを手に入れる。そうすると周囲の女性たちも認めてくれるというのだ。

 新型ハリアーの価格は270万円から。これは「頑張れば若い人でも何とか手に入るギリギリの価格」(有元氏)であり、この価格でカッコよさ、高級感をいかに演出するかが開発上の大きなテーマだったという。

 端的に言って、新型ハリアーはとても魅力的なクルマだ。樹脂パネルを使った顔つきだけはどうにも馴染めないが、有彩色を使ったインテリアの見ばえはとても270万円のクルマとは思えない。静粛性や乗り味もいい。リアサスがスムーズに動かないという悪癖を持つ旧式プラットフォームを使って、よくぞここまで仕上げたなと感心させられた。2ℓエンジンとCVTの相性も上々だ。

 ここ数年のトヨタは、コスト削減を理由に、見ばえや乗り味でユーザーに妥協を強いるクルマばかり出してきていた。しかしここに来て「お値段以上」、言い換えれば優れたコストパフォーマンスという、トヨタ本来の魅力がようやく甦ってきた。これは大いに歓迎すべきことである。

 ハイブリッドも選べるが価格は100万円近く高い。お財布に余裕のある大人はともかく、若い人には2ℓをオススメする。

 新型ハリアー購入者は30代が17%、20代以下が27%。つまり30代以下が約半数を占めるという。若者に人気のモテグルマ神話は依然として健在だ。

「高級・進化・新規」の3点をキーワードに開発した新型ハリアーは。内外装を高級化したほか、ステアリング制御付きのレーンディパーチャーアラートなどトヨタ初の安全装備を積極的に採用。またCVT採用によって低排出ガス車の認定を受けるなど、環境性能も大きく改善された。全モデル、環境対応車普及促進税制による減税措置対象となっている。

TOYOTA HARRIER

車両本体価格:¥2,720,000(GRAND/2WD)
*北海道、沖縄地区除く
全長×全幅×全高(mm):4,720×1,835×1,690
車両重量:1,560kg 定員:5人 エンジン:直列4気筒DOHC
総排気量:1,986cc 最高出力:111kW(151ps)/6,100rpm
最大トルク:193Nm(19.7kgm)/3,800rpm
JC08モード燃費:16.0km/L 駆動方式:前輪駆動

FORD FIESTA フォード フィエスタ

奇をてらわない世界のベストセラーカー

 フィエスタは欧州フォードが中心となって開発したBセグメント車だ。VWポロ、プジョー208、ルノー・ルーテシアといった強力なライバルたちを向こうに回し、常にベストセラーカーのリストに名を連ねている。2012年の販売台数は72万台。欧州、北米、アジアで車名別世界販売台数では世界第6位、Bセグメントでは堂々の1位である。

 フィエスタに奇をてらったところはない。使いやすくて経済的で走りのいいコンパクトカーを一生懸命真面目につくりました…そんな印象だ。デザインを見てもポロのようにいかにもドイツ車的なカッチリ感はないし、208やルーテシアのような色気があるわけでもない。モダンでスポーティーで悪くはないのだが、どこか無国籍風。インテリアにも同じことが当てはまる。ダッシュボード周りも、シートも、ドアトリムもきれいに、使いやすくデザインされ、スペース的にも文句はない。けれど、強烈な個性があるかといわれれば答えはノー。日本での商品力を考えると、輸入車らしい個性に少々乏しいのがフィエスタの弱点だ。

 しかし、走り出すと印象は一変する。2年連続でインターナショナル・エンジン・オブ・ザ・イヤーを獲得している1ℓ3気筒ターボエンジンや信頼感の塊のようなフットワークをはじめ、すべての部分が骨太で、しっかりガッチリできているのだ。欧州のコンパクトカーはどれも長距離走行が得意だが、フィエスタが提供してくれる安心感と快適性はライバルたちをリードする。残念ながら、マーチやヴィッツといった日本製コンパクトカーと比べると、クルマとしての底力は大人と子供ほどの格差がある。

 残念なのは229万円という重い値札を付けた装備てんこ盛り豪華仕様しか選べないこと。装備を簡素化した素のモデルを180万円ぐらいで提供してくれれば、フィエスタの魅力はもっとストレートに伝わるはずだ。

インターナショナル・エンジン・オブ・ザ・イヤーを2年連続受賞したエンジン“直列3気筒1.0L Eco Boost”を搭載、997ccという小排気量ながら自然吸気の1.6Lに匹敵するパワフルな走りと低燃費を実現した。自動ブレーキや7ヵ所に配されたエアバッグなどの安全装備、自動感知で作動するワイパーやヘッドライトなど、装備を充実させている。

FORD FIESTA

車両本体価格:¥2,290,000
全長×全幅×全高(mm):3,995×1,720×1,475
車両重量:1,160kg 定員:5人
エンジン:直列3気筒ターボ 総排気量:997cc
最高出力:74kW(100ps)/6,000rpm
最大トルク:170Nm(17.3kgm)/1,400~4,000rpm
JC08モード燃費:17.7km/L
駆動方式:前輪駆動

MASERATI GHIBLI マセラティ ギブリ

軽快で色気たっぷり 1,000万を切るマセラティ

 マセラティ・ギブリ。スーパーカー世代ならこのネーミングを聞いて懐かしさを覚えるだろう。ギブリは’90年代にも一度復活しているため、今回デビューした新型は3代目ということになる。

 新型ギブリを事務的に解説すれば「クワトロポルテと多くのパーツを共用しつつ、コンパクトにつくった4ドアスポーツセダン」となる。シャシー、プラットフォーム、エンジンなどはクアトロポルテと同じだが、全長は約30㎝、ホイールベースは約17㎝短く、エクステリアとインテリアには独自のデザインが与えられた。とはいえ、それでも全長は5m弱、全幅は1・9m超、重量は約2トンと、メルセデス・ベンツEクラスより大きくて重い。

 しかしそこはさすがマセラティ。運転しはじめると、カタログ上の大きさと重さはたちどころに忘却の彼方へと追いやられてしまう。ステアリング操作に小気味よく反応するノーズと快音を響かせながらボディを軽々と引っ張る3ℓV6ターボエンジンが演出するのは、1クラス小さいクルマに乗っているかのような軽快感。色気たっぷりの内外装に加え、軽快でスポーティーな運転感覚こそが、メルセデス・ベンツやBMW、アウディといったドイツ製プレミアムセダンにはないマセラティの独自の個性だ。

 マセラティは、2012年に6300台だった販売台数を2015年に5万台へと引き上げる計画を実行に移しつつある。販売台数を一気に8倍増にするということは、生産、販売、マーケティング、ブランディングといったすべての刷新を意味する。北米市場への参入や年内に計画されるSUVの投入など、次々に繰り出される駒のなか、大きな役割を担うのが新型ギブリだ。具体的には、ドイツのプレミアムサルーンから顧客を奪うのがギブリに与えられた使命。1000万円を切る価格や独自性、高いブランド価値などを含め、ギブリにはそれだけの魅力が備わっている。

インターナショナル・エンジン・オブ・ザ・イヤーを2年連続受賞したエンジン“直列3気筒1.0L Eco Boost”を搭載、997ccと最新ガソリン直噴技術を採用した新設計V6エンジンを搭載。マセラティ史上初のミドルセダンで、「ギブリS」(後輪駆動)と「ギブリSQ4」(四輪駆動)の2モデルがラインアップされる。ギブリSの0-100km/h加速と最高速度は、5.0秒・285km/hを誇るが、マセラティブランド初となる「アクティブ・スピード・リミッター」を標準装備、ハンドル上のボタンによって好みで最高速度を制限することもできる。

MASERATI GHIBLI

車両本体価格:¥9,400,000(ギブリS)
全長×全幅×全高(mm):4,970×1,945×1,485
車両総重量:2,255kg エンジン:60°V型6気筒
総排気量:2,979cc トランスミッション:8速AT
最高出力:302kW/5,500rpm
最大トルク:550Nm/1,650rpm
駆動方式:後輪駆動

文・岡崎五朗


Goro Okazaki

1966年生まれ。モータージャーナリスト。青山学院大学理工学部に在学中から執筆活動を開始し、数多くの雑誌やウェブサイト『Carview』などで活躍中。現在、テレビ神奈川にて自動車情報番組 『岡崎五朗のクルマでいこう!』に出演中。

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