Promised Land プロミスト・ランド〜SDGsの創る約束の地 Vol.01

VOL.01  100年後を生きる子孫たちへ

文・まるも亜希子

 「電気消して」という言葉を、いったい私は1日に何度、口にしているだろう。自宅で過ごした休日に数えてみたら、夜までに12回にものぼった。あまりに毎日怒られるからか、最近の娘は私が「で」と発音しただけで「ごめんなさいっ」とすっ飛んでいってスイッチを消す。

 なぜ、そんなに口うるさく無駄な電気を消すように言われなければならないのか、その理由を娘に説明する必要はない。幼稚園のころからSDGsとはなんぞや、エコとはなんぞや、というパンフレットや冊子が頻繁に家庭に配られ、絵本などを通じて先生からもそうしたお話を叩き込まれてきたからだ。恥ずかしいことに、私は「グレタさん」という名前を娘の口から初めて聞いた。親の方が、しっかり勉強しなければ今の子どもたちについていけない。

 冬になり、街のあちこちにイルミネーションが灯りはじめると、娘がポツリと「節電しなきゃいけないのに、なんでこんなに電気つけるの?」と質問してきてたじろいだ。私などはのんきに、今年はどこのイルミネーションを見に行こうかなとウキウキしていたのである。短いながらもバブル経済の日本を生きてきた世代は、やはり頭のどこかで「楽しむためのエネルギーは別腹」のように考えてしまうフシがある。この、ちょっとくらいいいだろうとズルズル甘やかす感覚が、急速に地球をむしばんでいることは間違いない。なぜ誰も生活スタイルを変えようとしないのか、2050年以降のことを口にしないのかとグレタさんが怒り、同じように2100年代まで生きるだろう娘たちが共感するのは当然のことだ。

 とはいえ、真っ暗な街で迎えるクリスマスは味気ないだろうし、キレイなラッピングとリボンのないプレゼントはちょっと物足りないにちがいない。私たちは常に、心を震わせる何かを求め、それによって生きている証を刻みたいがために、資源やエネルギーに頼り、ゴミを出してしまうのかもしれない。地球のためには、人類はそれらを一度、あきらめるしかないのだろうか。

 そんなことを考えていた時に、一通のリリースメールが届いた。題名は「パーフェクト・イン・チューン -ザ・ベントレー・オーケストラ」。なんだろうと思いつつ、リンクされていたURLをクリックする。軽快な口笛とともに始まった映像は、ベントレーが製造されている工場の音を集めて作られた、クリスマスの定番曲である「くるみ割り人形」だ。工具でトントンと叩く音、塗装を吹き付けるシューッという音、内装に使われる上質な革をなでる音や、ボンネットを閉める音。職人たちが休憩にティータイムを楽しむ様子も垣間見ることができ、見終わると心にじんわりとあたたかな火が灯り、とても幸せな気持ちになっている自分がいた。

 この美しく特別な音たちが集められたのは、イギリスのクルーにあるベントレーの本社工場だ。1938年に建てられた歴史ある建物だが、すべてのベントレーモデルがここで誕生して世界に送られていく。そして2019年にカーボンニュートラルの認定を受けて以来、日々ゼロエミッションへの進化を続けていることも素晴らしいところだ。工場の屋上をはじめ敷地内には7.7MWものソーラーアレイが設置されて発電を行い、不足分は認証を受けた再生可能電力とガスを購入しているという。従業員たちも取り組みに熱心で、2030年までに気候変動に影響を与えない製造拠点を作ることが目標だと宣言している。

 世界中の大富豪を顧客とするベントレーが、ここまで本気で気候変動に立ち向かおうとしている事実。そして、その気になれば湯水のようにエネルギーを消費してゴージャスな映像だって作れるはずなのに、こんなにもフレンドリーでアットホームなオーケストラを届けてくれる発想の転換力。これこそが、グレタさん世代も納得してくれるこれからのゴージャスであり、感動なのだろう。そこにはほんのひとさじ、ユーモアを添えて。100年後を生きる、決して会うことはない私たちの子孫への想いを込めて。

Akiko Marumo

自動車誌『Tipo』を経て独立。10年に渡って本誌で女性視点のコラムを連載したほか、『浮谷東次郎を知った夏』『堀ひろ子という友人』を執筆。『岡崎宏司のクルマ美学』『マン島TTに挑戦した松下佳成』など、インタビュー記事にも定評がある。

ベントレーのクラフトマンシップ

文・村上智子

 ベントレーは、SDGsが世に浸透する前から持続可能な社会の実現に向け、先端を走ってきたブランドだ。コラムにもあるように、本社の屋上には3万枚以上のソーラーパネルを設置して電力を賄い、水のリサイクルシステムも導入、流通プロセスのプラスチック削減などで成果を上げてきた。さらに周辺環境との共生を意識した持続可能な取り組みにも積極的だ。

 創業100周年を迎えた2019年、地域の自然環境の担い手として、本社敷地内に12万匹のミツバチを放った。さらに100本の木を植樹し、5,000個以上の水仙の球根を植え、鳥やハリネズミたちのための巣箱も設置するなど、環境と生物多様性を維持する活動を推進している。ちなみに12万匹のミツバチたちは自然生息地を大幅に増やした効果もあってか、現在60万匹の群れへと成長。2022年には1,000瓶の蜂蜜という副産物をもたらしてくれた。この蜂蜜は従業員にシェアされるほか、本社を訪れるゲストへの贈り物となる予定だ。

 2020年には、“これまでの100年を振り返り、これからの100年に向けてどう活動していくか”という経営戦略「ビヨンド100」を発表。その第一歩として発売されたハイブリッドモデル「ベンディガ」は好調な売り上げを記録、2025年にはブランド初のEVを投入、2030年にはBEVへと完全移行する計画だという。

 一方、100年を超える歴史の中で生産されたベントレー車の80%以上がまだ現役で走っているのも事実だ。こうした存在にも目を向け、電動化と並行して、再生可能燃料の実用化に向けた研究開発も進める姿勢からは、「できるだけ長くベントレーを楽しんでもらいたい」というクラフトマンシップを垣間見ることができる。

Tomoko Murakami

新聞社に勤務後、フリーランスを経て、2007年にレゾナンス入社。2009年からaheadに参画する。結婚を機に一度退職し、イタリア・ローマに3年間在住。帰国後復帰し、現在は大阪からリモートで編集業務に携わっている。二児の母。

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