aheadを振り返る

aheadとの戦い


文・伊丹孝裕 写真・長谷川徹

 ベンチがアホやから野球がでけへん。そう言い残して現役を退いた選手がいた。もう40年以上も前のことである。2020年の暮れが押し迫った頃、僕の心境は少しそれに似ていて、紙媒体の仕事を辞めることにした。こちらの世界でいうベンチとは、編集者である。

 ライターやジャーナリストが書き上げた記事には、その人の名が記される。記されていなくてはならない。得意なポジションやフィールドはあれど、前線に送り込まれるプレイヤーとして成果が求められ、その対価として原稿料が発生する。ただし、個人のブログではないから好き勝手に振る舞うわけにはいかない。攻か守か、緩か急か、適材か適所かを見極めて采配をふるうのが編集者であり、それに対して100%、可能ならなんらかの付加価値をつけて応えようとするのが僕らだ。

 ところが野放しなのだ。「新車なんで、まぁ適当に」とか「切り口は任せるのでよろしく」とか。印刷に間に合わせることしか考えてなくて、前の日に仕事を発注されて、次の日に乗り、その夜にラフを引いて、翌日に原稿を書いて納品。そして3日後には見本誌が刷り上がってくる。これはそれほど大げさに書いているのではなく、それくらいの目まぐるしさの中、時間と体力を消耗していく。雑誌の作り手が、なにを表現したいのか。その意図がまるでない。ページを埋めてくれるのなら、プレイヤーは誰でもよく、「特集ふた折分(32ページ)、丸っとお願いしていいっすか?」なんていうオーダーも珍しくない。その放置プレイに舌打ちしつつも、翌々月に振り込まれる(悪くはない)原稿料を思い浮かべ、独り企画を練り始めてしまう。長年かけて染みついたそういうサイクルにも、目先の収入のことを考えて、それをよしとしてしまう自分にも辟易とし、もうこう以上はないな、と考えた。

 以来、ウェブを主戦場にして今に至る。そこに属する編集者のレベルが、紙よりも高いからではない。むしろ大部分は低下傾向にあり、原稿料の相場もそれに準じたもの。仕事には100%+αの力で応えているものの、それは自分の能力をフルに注ぐという意味ではなく、提示された条件を下回らないように、とはいえ大きく超えないように調整しての話だ。

 誤解されてもいいのではっきり書いておくと、ウェブでは読者のためというよりも、それを運営しているメディア、もしくはクライアントのために仕事をしている。なぜなら、原稿料を直接出してくれているのは彼らだからだ。読者にとっては無料なのだから、過度なサービスは期待しないでほしい。しかし、紙は違う。手段が本屋にしろ、アマゾンにしろ、自身の明確な意志でそれを手に取り、注文し、読者になってくれるのだ。少なくともワンコイン以上、時には何千円も出して。「まぁ適当に」という姿勢が許されていいわけがない。出版不況は、ウェブの台頭でも広告の減少でも多様性でもなんでもない。作り手の手抜きが大部分だ。

 紙媒体の仕事は辞めた、と言いつつも唯一この場だけは残している。絶対に手を抜かないし、抜かせてもらえないからだ。ここでの仕事はしかし、やはり読者のためではない。雲を掴むような、漠然としたテーマを投げかけてくる編集者との勝負であり、送った原稿に対して編集者が「これでいく」、「おつかれ」と返してくれば、それで勝ち。1500文字の原稿に、3日3晩掛かったとしても力をフルに注いだ爽快感が勝るからやれている。この場があるから、仕事に対する意気を失わずに済んでいる。その時に発せられる熱量が、読者にとって無駄な出費と時間になっていないことを祈るより他ない。

Takahiro Itami

1971年生まれ。『Clubman』の編集長を務めた後、マン島TT挑戦のためフリーライターとして独立。’10年にマン島TTを完走。’12-‘15年の鈴鹿8耐、’13、’14、’16年のパイクスピークに参戦した。現在本誌で『50代にススメるバイク』を連載中。

堀ひろ子と出会った場所

文・まるも亜希子 写真・原 富治雄

 いいものはいいと認める。分け隔てをしない。主観を大切にする。私が『ahead』を好きな理由は、大きくこの3つに集約されている。20年前、クルマとバイクを1つにした「カー&モーターサイクル誌」はほかになかったし、女性版が編集されていたのも珍しかった。そして何より、aheadがすごいと思うところは、バイクの免許を持たない私に、バイクが肝となる原稿を書かせてくれたことだ。これは自動車メディア業界きっての珍事だったかもしれず、私自身としても初めて寝食を忘れて没頭するような、厳しくも壮大な仕事になった。それが、今でも多くの方から感想をいただく『堀ひろ子という友人』である。

 当時、2輪雑誌業界の重鎮は私に言い放った。「バイクの免許も持ってないなんて、生きる悦びを知らないも同然だね」と。クルマしか乗れないヤツに、バイクの仕事をする資格などないと言いたかったのかもしれない。でも私はその時に、思った。では、バイクがどんなに好きでも障害があって乗れない人は? 親に大反対されて免許が取れない人は? バイクの楽しさを知る資格はないのか? と。

 aheadのスタンスはそうではなかった。クルマ好き・バイク好き、免許のあり・なしなど問題ではなく、誰もがその世界を知り、楽しさを共有する権利がある。だから俺たちは発信するんだ。小さな輪の中だけでなく、もっと多くの人たちに届けたいんだ。そんな編集部の気持ちに、夢に、私も必死で食らいつき、乗っからせてもらった。aheadで仕事をすることは、私にとってそんな感覚だったのだと今、しみじみ振り返っている。

 aheadがなければすれ違うことさえなかったであろう、多くの素晴らしい人たちとの出逢いは私の財産だ。浮谷東次郎さんのお姉さま、堀ひろ子さんとペアを組んで女性ライダーの先駆け的存在となった腰山峰子さん、美とバイタリティの宝庫である三好礼子さん、マン島から戻ることのなかった松下ヨシナリさん……。錚々たる方々から直にお話を聞くことは、生きることを学ぶことと同じだったのかもしれない。正解はなく、パズルのようにヒントが散りばめられていく。

 実は、私自身はインタビューが下手で、編集部の助けなしにはとても原稿にまとまるような言葉を引き出すことはできなかった。どの部分に光を当てるか、テーマはどうするか、いつも編集部と意見を出し合い、互いに納得した上でページに落とし込んでいく作業が欠かせない。そんな「一緒に作っていく」感覚が色濃く残るのも、aheadの好きなところだ。だから原稿を書き上げるまでの“生みの苦しみ”は毎回壮絶なのだが、そこには「誰が書いても同じ」という記事は1つもなく、編集部のこだわりと書き手の主観があふれている。とりわけ松本 葉さん、岡小百合さんのコラムは、女性らしい視点とプロとしての鋭い感性が炸裂していて、いちファンとして楽しみにしていた。

 私自身も計10年近くに渡って連載コラム『女にとってクルマとは』、『レターフロムマム』を書かせてもらった。まるで自分の心臓に手を突っ込むような感覚で、書いているうちに“まさかこんな感情が埋まっていたなんて”と、自分でさえ驚く言葉がえぐられてくることも多かった。時に、読者や知人から「あんなことまで書いちゃって大丈夫なんですか?」などと心配されたほど。でも、そこまで自分をさらけ出してぶつけたからこそ、返ってくる反応も熱かったように思う。

 心の奥深くに響くものは、男女も年齢もリアルもバーチャルも、時に生死さえも超越するのだと、教えてくれたahead。時代は変わろうとも、変わらず走り続けてほしいと願っている。

Akiko Marumo

自動車誌『Tipo』を経て独立。10年に渡って本誌で女性視点のコラムを連載した他、『浮谷東次郎を知った夏』『堀ひろ子という友人』を執筆。また『岡崎宏司のクルマ美学』『マン島TTに挑戦した松下佳成』など、インタビュー記事にも定評がある。

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