007セレクションのプレステージ トライアンフ TIGER1200GT EXPLORER

文・伊丹孝裕 写真・長谷川徹

クラッチレバーをゆっくりと離し、発進に備える。すると、あるところでフッとアイドリングの回転数が上昇。

 そうやって、エンジンがストールしないように、電子制御スロットルが先まわりしてくれる。例えばそれは、クルマのドアを開けてくれたり、さりげなく傘を差し出してくれるエスコートを思わせる。そういうおもてなしが随所に散りばめられているのが、トライアンフの新型タイガー1200である。

 このモデルは、ドイツ製のアドベンチャーのように確固たる存在感を築いているわけでも、オーストリア製のそれのように、速さに裏打ちされているわけでもないが、分かる人に愛されていくに違いない。イギリスのカントリーロードを粛々と走り、時に荒れた丘陵へ分け入ることを許容しながら、くつろぎの時間をもたらしてくれる。そういう懐の深い存在だ。

 タイガー1200はそう、レンジローバーが登場した頃の立ち位置に近い。ランドローバーで培ったスパルタンさを洗練された内外装で包み、快適な移動と、いざという時のヘビーデューティな扱いを両立する上品でタフな4輪。そうした評価が、一定の階級にいる人々に注目され、ベントレーでもジャガーでもメルセデスベンツでもない、もうひとつの選択として浸透し始めた頃のことだ。ほどなくその名声は世界的なものとなり、ひとつのブランドへと成長していくのだが、その前夜にも似た静けさが、この新型アドベンチャーに感じられる。

 これみよがしな豪華さをひけらかすわけでも、使い切れないほどの機能が満載されているわけでもなく、すべてが手の内にあるところがいい。上位グレードのタイガー1200GTエクスプローラーには、容量30ℓの燃料タンクが備えられ、エンジンは頑強なプロテクションガードで覆われている。それはつまり、多くのビッグアドベンチャーと同質の威圧感を放つものだが、ひと度またがり、車体を起こせば、乗り手が感じていたプレッシャーはあっさりと雲散していく。

 なぜなら、その手応えは望外に軽く、足つきも極めて良好だからだ。走り出せばエンジンはフレキシビリティに富み、不等間隔爆発ユニットならではの力強さで車体を押し進めていく。ストップ&ゴーやUターンを、これほどストレスなくこなせるビッグアドベンチャーは他になく、クルマで言えば見切りがよく、ボディの端々とすべてのタイヤの位置が明確に把握できるイメージだ。そういう一体感の高さが、名より実を取るトライアンフらしさでもある。

 もちろん、トライアンフはただユーザーフレンドリィなだけではない。以前、サウスウェールズの山あいに位置する、同社のオフロードトレーニング施設を訪れたことがある。映画『007 NO TIME TO DIE』の撮影が終わって間もないタイミングで、劇中のアクションで重要なシーンを担ったスクランブラー1200やタイガー900のポテンシャルを体感することができたのだ。

 それは極めて刺激的な時間と空間として記憶に刻まれているが、心底驚かされたことが、その場に用意されていた従来型タイガー1200の振る舞いだった。当時のタイガー1200と言えば、周囲を威圧するような巨躯を誇っていたにもかかわらず、飛んだり跳ねたりを軽々とこなし、ぬかるんだ轍をものともせずに突き進んでいったからだ。その身のこなしと走破性は、感心を通り越して半ばあきれるほどのものだった。今回の新型では、その車重が最大25㎏も軽量化され、エンジンの出力が向上。電子デバイスはすべて新しい世代へと切り換わっているのだから、ネガティブな要素があるわけもない。

 レンジローバーは日常と荒野を成り立たせ、同時にプレステージカーとしての価値を高めてきた。タイガー1200もまた、この新型を機に同じ道を辿るのではないか。ニッチであることに悦びを見出していたファンは少々複雑かもしれないが、この完成度を分かる人にだけ留めておくのはきっと難しい。

TIGER 1200 GT EXPLORER

車両本体価格:2,549,000円(税込)
エンジン:水冷並列3気筒DOHC12バルブ
排気量:1,160cc
車両重量:255kg
最高出力:150PS(110.4kW)/9,000rpm
最大トルク:130Nm/7,000rpm

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