ハスクバーナ・モーターサイクルズの本命~ノーデン901

文・伊丹孝裕 写真・神谷朋公

突っけんどんな印象もないが、さりとてすり寄ってきそうな雰囲気もない。

 黒い体躯のそのモデルは、きちんと躾られた馬のように凛としている。またがってもその印象は変わらない。乗り手を特別にもてなしたりはしないが、野性味を押し出して挑んできたりもしない。手綱の代わりにハンドルをさばき、あぶみの代わりにステップを踏み込めば、軽やかに駆ける。並足より速足、速足より駆け足にいたるとエンジンは一段とリズムに乗り、足まわりはしなやかに路面を蹴り続ける。そうやって、車体の動きに乗り手の身体がどんどん同調していく。

 ハスクバーナ・モーターサイクルズの新型アドベンチャー「ノーデン901」を眺め、乗って分かるのは、他とは一切交わらない孤高の感覚だ。このカテゴリーは昨今の大きなムーブメントであり、それらには多かれ少なかれ、かつてのダカールラリーのイメージが盛り込まれている。あるいは灼熱の太陽が照りつけ、砂が濛々と舞う南の地を連想させる。車体のフォルムはいきおい好戦的で、鋭利さを隠そうとしていない。

 他方、ノーデン901にその猛々しさはない。加飾のない外装をシックな塗色で包み、そのたたずまいは清廉そのもの。車名に与えられたノーデンとは、北を意味している。

 ハスクバーナ・モーターサイクルズのことを語るなら、以前はあれこれと説明を加える必要があった。スウェーデン国王の命を受けて創設されたこと。それは今から333年もさかのぼる時代だったということ。創業当初は銃器を製造しており、その名残りは銃口を模したロゴに見つけられること。2輪の生産に限っても、119年もの歴史を積み重ねていること。モータースポーツでは幾度も世界の頂点に立っていること……と、枚挙にいとまがない。

 しかし今ではほとんど無用だ。この10年の間に足元をしっかりと踏み固め、他のなににも似ていないデザイン力によって、確固たるブランド力を構築。販売台数やスペックといった数字に頼ることなく、あるいは由緒正しい血筋を持ち出すこともなく、孤高で在り続けている。それはヴィットピレンやスヴァルトピレンに始まり、このノーデン901でより鮮明になったと言える。

 日本に空前のバイクブームが押し寄せ、大量生産と大量消費の真っ只中にあったあの頃、そこから一歩引いた雑誌を通して、ヨーロッパの空気に触れた人は多いはずだ。誌面を飾る様々な国の様々なマシンは日本のそれとは一線を画し、独創的な、もしくは頑なな造形から匂い立つ音や鼓動に想像を膨らませていたのではないか。

 そしてその時、ブランドのヒストリーやエンジンのスペックを深く掘り下げるよりも、ごく素直に「美しい」という印象を抱いたのではないか。それはつまり、エキゾチックな雰囲気がもたらすデザインの求心力と言っていい。

 蘊蓄を並べる必要のない、直感的な格好よさ。競合他車を横目に見ることなく、機能美を追求したピュアさ。あの頃のヨーロピアンバイクには例外なく上質さが漂っていたが、それが今なお残されているのがハスクバーナ・モーターサイクルズだ。

 パワーでライバルをねじ伏せるわけでもなく、希少な素材をふんだんに使った豪華さで圧倒するわけでもない。なにより誰もが知るブランドでもないが、だからこそなににもおもねらない嗜好品としての高潔さが保たれている。

 ハスクバーナ・モーターサイクルズとて手掛けているのは工業製品であり、ビジネスとして成立させなければいけない。とはいえ、常に時流を追いかけるフィールドには立っていない。メジャーになって薄まるよりはニッチであっても本当に望むユーザーに本物を届ける。そのスタンスを守り抜いているのだ。なにかと比較してお買い得がどうかなんて気にしていない。ジェネラルであることよりもスペシャルであること。そこにハスクバーナ・モーターサイクルズの価値がある。

ハスクバーナ・モーターサイクルズ Norden 901

車両本体価格:1,745,000円(税込)
エンジン:水冷4ストロークDOHC4バルブ並列2気筒
総排気量:889cc
車両重量:約204kg(燃料除く)
最高出力:77kW(105PS)/8,000rpm
最大トルク:100Nm/6,500rpm

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