解放 バイクを書くということ vol.2

明るい光や大きい空を感じられるオープンカーやバイクは、こころまでも開放的になる。

制限が多くなった昨今、コロナが収まったときに見える世界はもっと自由になっているのだろうか。

はたまた、その制限の中でも自由を見つけるのだろうか。

“解放”と自由を考えてみたい。

バイクを書くということ vol.2

文・伊丹孝裕 写真・長谷川徹

 小学生の頃、ラジコンのヘリコプターが欲しくて仕方がなかった。手に入れるにはどうしたらいいのか。専門誌のショップ広告を眺めながらどれほどシミュレートしても、出る答えはいつも同じである。到底無理。お年玉で見通しが立つようなレベルになく、まったく立ち入れない大人の世界だった。

 それから30年以上が経ったある日、まだ小さかった子どもを連れて、大手玩具ショップに行った時のことだ。ラジコンコーナーの中にヘリコプターを見つけた。それは手の平に載るほど小さく、値段は数千円ほど。上昇と下降、前進と後退、左右への方向転換が可能で、ホバリングもできるらしい。買わない理由がない。

 箱から取り出すと、バッテリーの充電以外になんの準備もいらなかった。モーター音は甲虫の羽音よりも少し大きい程度で、そのまま室内で飛ばせる。月日の流れに心底驚き、感激した。

 ところが数日もしない内にあっさりと熱が冷めた。自律安定性があまりに高く、操縦が極めて簡単だったからだ。スイッチONで軽々と浮かび、ホバリングには多少繊細さが求められるものの、それもすぐに慣れる。質量が軽いおかげで、うっかり墜落させても機体が壊れることも家具がキズつくこともない。

 出来が良すぎるがゆえに操る醍醐味や緊張感に欠け、面白味に欠けたのである。子供向けなのだから、大人がスリリングさを求めるのはお門違いだ。それは分かっていても、技術の進歩と気持ちの充足が必ずしも連動しないことを知った。安定性に優れるドローンは撮影手段に向いている一方、操縦自体を純粋な目的にしている人が少ないのも同じ理由だと思う。

 簡単なモノはつまらなく、失敗を繰り返して腕を磨くのが正しい、という結論へ導きたいのではない。数の上ではドローンが圧倒的に優勢で、ラジコンヘリも飛行機も斜陽の一途を辿っている。専門誌は休刊や廃刊を余儀なくされ、それをたしなむ人の平均年齢は高齢者の中でも前期から後期へ移行。操縦を学ぶには少なからず先輩と後輩、先生と生徒の関係性を余儀なくされる煩わしさも入り口を狭めている。

 構図としてはバイクの世界もそれに近い。ライダーの平均年齢はとっくに50代に到達していることを思えば、あと10年後にやってくる未来だ。それも致し方ないと考えていたのだが、最近は思い直している。若者がバイク乗らないとか、世間にバイクが理解されないとか、今のバイクは高過ぎるとか、勝手に閉塞感を感じているのはアラフィフ以上の世代だ。現実には若いライダーはたくさんいるし、楽しんでもいる。それが見えていないだけだ。

 座席が前後に対面している電車に乗って、片方は後ろを、片方は前を見ているようなものだと思う。同じ空間にいながらアラフィフは後ろ向きに座って通り過ぎた世界を、若者は前を向いて近づいてくる景色を楽しんでいるのだから、目にしているものが違う。話が噛み合わないのも当然である。若者の隣に座ってはしゃぐ必要はないが、せめて時々は座り直し、前方の景色を確かめておくのもいい。世の中には好きになれないものがどうしたってあるが、わからないものは大したことないもの、知らないものは存在しないものと十把一絡げに放り出すこともないだろう。

 年齢を重ねると、慣れ親しんだ世界ですべてを完結したくなる。よそ見をしなくなる。それが楽だからだ。楽とはつまり、大してなにも考えなくていい状態であり、だから自分ではなかなか気づかない。

 ずっとバイクのことを書き、そこで足場を固めてきた。滅多なことで反発に遭うことはなくなった今、楽な自分を感じる。パーツにあたりがつき、摺動性がよくなったのにも似ていて、ほとんどの場合、スムーズに事が運んでいく。エンジンも足まわりも馴染んで絶好調。理想的な状態と言えるが、ピークはずっとは続かない。あたりがつくのと摩耗はほぼイコールで、やがてパワーダウンを感じ、ある日動かなくなる。

 そうなってからではどうにもならないため、本当に書きたいことを書ける環境を整えようとしている。手始めとして、一度紙媒体の仕事から離れることにした。すでに昨年いっぱいでひと区切りつけ、雑誌から得ていた少なくない収入を失うことになったが、当然そうなる。今はウェブ媒体向けの原稿を1日に1本だけ書き、その代わりにできた時間で今後のことを模索しているところだ。

 もっとも、バイクの世界に軸足があることに変わりはない。先の電車になぞらえるなら座席を移動し、車窓から身を乗り出した程度の変化だ。それでもずいぶん見晴らしはよく、やや不安定な状態ながら風通しはいい。今年50歳を迎えることを考えれば、環境を変えるにはちょうどよく、そしてこれ以上は遅らせられないタイミングでもある。ようやく大人用のラジコンヘリコプターを手に入れ、これから組み立てる。そんな気分だ。上手く飛ばせるといいが、落ちてもきっと納得できる。

 紙媒体から離れたと言いつつ、本誌にこうして書いているのは、ここの仕事は楽ではないからだ。抵抗が多く、とても面倒なのだが、書く筋力を維持するために、こうして場を残してもらっている。バイクを介して見える様々な風景を、これからも届けていきたい。

DUCATI STREETFIGHTER V4 S

車両本体価格:2,809,000円(税込)
エンジン:90°V型4気筒・水冷・4ストローク・DOHC4バルブ
排気量:1,103cc
最高出力:153kW(208PS)/12,750rpm
最大トルク:123Nm(12.6kgm)/11,500rpm
※写真はオプション装着車

ahead Vol.215 ’20年10月号「バイクを書くということ」の記事を読むことができます。

特集「解放」の続きは本誌で

イタフラの解放感 森口将之

飛行機は本当に自由なのか 後藤 武

オートサロンの匂い 大鶴義丹

僕がMIRAIを選んだ理由 岡崎五朗

バイクを書くということVol.2 伊丹孝裕

SNSが自動運転の未来を決める 小沢コージ


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