今の時代にスーパーカーに乗る意味〈対談〉濱口 弘 × 若林 葉子

まとめ・山下 剛 写真・長谷川徹

リーマンショック以上の経済危機と言われる今。スーパーカーはちょっと旗色が悪いかもしれない。

 もっとも経済危機でなくてもスーパーカーなどそうそう買えるものではない。でもスーパーカーの存在意義はそれだけで語られるべきものではないのではないだろうか。自身でもスーパーカーを所有し欧米のクルマ事情にも詳しい濱口 弘さんに彼のマクラーレン570S スパイダーをお借りして今の時代にスーパーカーに乗る意味についていろいろとお話を聞いてみた。

スーパーカーとハイパーカー

若林前号(vol.210)特集の岡崎五朗さんとの対談では、アフターコロナのクルマ選びはバランスに優れたベーシックなクルマや軽自動車などが再び評価されるようになるだろうという話をしました。それは確かにそうであろうと思っています。ただ一方、じゃぁそれだけでいいのか、というところにも立ち止まっておきたい。それが今回の対談の動機でもあるんです。今の時代にハイパフォーマンスなクルマってどんな意味があるんだろうか、と。

濱口今、若林さんがおっしゃったハイパフォーマンスカーですが、話を整理するためにも最初にスーパーカーとハイパーカーの定義からはじめましょうか。僕の認識では、ハイパーカーは1億円を超える価格の少量生産、世界で100~200台しかないようなクルマですね。いっぽうで、スーパーカーは限定生産ではなくハイパーカーまで高額ではないクルマです。その違いがどう現れるかというと、スーパーカーは乗ったぶん価値が下がるんですよ。でもハイパーカーは下がらない。上がるだけなんです。だからハイパーカーを買う人は、クルマが好きな人もいれば、アセットアロケーション(資産配分)として購入する人もいると思うんです。時計で言うとリシャール・ミルやパテック フィリップなどがそうですが、買ったあとに価値が下がらず、むしろ上がるんです。なぜなら、お金があるからといって誰もが買えるわけではないからです。最初に買えた人だけが得をする。買えないものを買えるステータスと、価値が落ちないという資産形成の極みが、ハイパーカーと、リシャール・ミルなどの高級時計だと考えていい。

若林なるほど。そこに境界線があるんですね。ハイパーカーのオーナーはクルマ好きではないのですか?

濱口ハイパーカーの走りやスタイルが好きで行き着いたのか、値落ちしないからハイパーカーに乗りたいのか、ここに大きな違いはあれど皆さんクルマは好きだと思います。でもたとえば、ハイパーカーを投資として所有するビリオネアと呼ばれている人たちは値落ちするスーパーカーに価値を見いださない事が多いかもしれません。

若林なるほど。スーパーカーには資産価値がないんですね。

濱口そういうわけではないですが、スーパーカーは乗った分値落ちします。僕にとってクルマは乗るものであって投資の対象ではないので僕はハイパーカーには触手があまり伸びないんです。僕はクルマを12台持ってますが、すべての車両を走行距離を気にせず乗ってますよ。

若林資産価値が落ちないとなるとハイパーカーはもはやクルマというよりは彫刻とかの美術品のようですね。

濱口まさにそうなんですよ。ハイパーカーを買う人は2億円するクルマに乗って傷付いたら大変だから、乗らない。価値を据え置くためにも乗らないで置いておくという人が多いんです。でも、もうちょっと僕のことを付け加えると、実はスーパーカーもそんなに好きじゃないんですよ。なぜかというと市街地ではもうその性能を使い切れない。クルマのポテンシャルを使うことが好きなので、だったらちっちゃいクルマでブン回してるほうが楽しい(笑)。

六本木のエゴカー軍団

若林スーパーカーと言えば、私は忘れらない光景があって、昔、東名高速を大井松田から御殿場に向かって走っていて、前の一群のクルマを抜くために追い越し車線に出たんですね。その瞬間にずーっと後ろの方に低いライトがチカチカっと光るのが見えた。すぐに走行車線に戻ったのですが、次の瞬間、アウディの白いR8が〝シュンッ〟って抜いていったんです。それがすごく気持ちよくて、美しいなぁと心に残っています。速いクルマが速く走るって素晴らしいというか、スポーツカーこうあるべし、みたいなね。

濱口僕は2週間くらいかけて、ヨーロッパをスーパーカーで横断したことがあります。サービスエリアや市街地でクルマを停めると、どの国でも子供たちが寄ってくるんです。シートに座らせてあげると、すごく歓びますね。さらに大人もわいわいと寄ってくるんですよ。もちろん走っているときでも、追越車線を走っていけば、前走車は当然のように避けてくれるし、そのときに「いいね」とサムアップしてくれるし人も多いです。スーパーカーなどに対するリスペクトがありますね。

若林アウトストラーダやアウトバーンでは後ろから速いクルマが来ると「どうぞお先に」と安全に先へ行かせようとする習慣がありますよね。でも日本にはそれがなくて、むしろ抜かせてなるものかという強固な意地を見せる人がいます。

濱口速いクルマのためにレーンは空けるべきという習慣が根づいてますね。文化といっていいかもしれません。

若林ヨーロッパ全体がそうですか?

濱口ほとんどの国をまわりましたけど、そうですね。

若林その話を聞いて、イタリアで30年以上暮らしている松本 葉さんが話していたことを思い出しました。イタリアには芸術家がたくさんいるけど、並大抵の才能では食べていけない。でも彼らは自分よりも優れたものを創り出す天才たちを妬むこともなくきちんとリスペクトしていて、「自分たちの代わりに彼らが優れた創作活動をしてくれている、という考え方が浸透している」と。同じように思えれば、日本のクルマ事情も変わると思うんですけど。

濱口おもしろい話ですね。ちなみに僕は、日本のスーパーカーやハイパーカーのことをエゴカーと呼んでるんです。なぜかというと、彼らの9割はステータスのために乗っているからです。六本木を流すことだけで満足していて、レブリミットに当てることは一生ないでしょうから(笑)。でもヨーロッパの人たちはきっちり飛ばすし、サーキットも走る。クルマが好きなんだな、クルマを使ってるな! という感じがひしひしと伝わってきます。おばあちゃんもガンガン走ってますしね。

若林たしかに向こうの人たちって老若男女を問わず速度域が高い。私の経験で言うと南米のブエノスアイレスもそうでしたね。青信号でみんなスタートダッシュする(笑)。もちろん向こうにもエゴカー乗りはいるのでしょうけど少数派でしょうね。

濱口クルマのスペックってもう机上の空論ですよね。メーカーは800馬力あります、1,000馬力ありますというだけでクルマを出してきます。でも公道でもサーキットでも使えないスペックには何の意味も見出せない。そこにあるのはエゴだけです。だから自分がスタイルとか雰囲気とかを気に入ったものに乗ること以外、買う側に選択の余地はないんです。ですけど、さっき話したエゴカー軍団はそうじゃないんですよ。

若林そのクルマに乗る意味をどこに見出すかの違いでしょうか。自分が納得するクルマがそれだからなのか、周囲に認めてもらいたいからそのクルマなのか。そのクルマを選ぶ価値が自分の内側にあるか、外側にあるかの違いなんですね。

フェラーリのビジネスプラン

濱口そのとおりです。そこであらためてハイパーカーの話をすると、ハイパーカーというのは各メーカーの限定車です。だからメーカーは売る人を選べるんです。オーナーになりたいと思ってる人たちは、〝選ばれし者〟になるためにいろいろな努力をしなければなりません。どんな努力かというと、買いたくもないクルマを買うんです。

若林えっ!?

濱口たとえばフェラーリは、ヒエラルキーがポイント制になってるのでわかりやすいです。どんな車種を持っていて、フェラーリが主催するどんなイベントに出たかによって、フェラーリ公式プログラムの『コルセ・クリエンティ』に入れるかが決まるんです。そうなって初めて、限定車など特別な車種を買えるステータスを得ることができる仕組みなんです。

若林よくできた仕組みですねえ(笑)。

濱口そうなんですよ。でもランボルギーニやポルシェは違います。たとえば『ポルシェカレラカップ』というワンメイクレースに出てる人は、そういうこととは無関係で、好きだからレースをやっている人が多いです。僕は前者のやり方はあんまり好きじゃないんですよ。そういうビジネスのやり方は本当のクルマ好きの心を刺激しないし、エゴの人たちを中心とするやり方には感心できません。

若林そのやり方は、クルマ好きからすると反発がありそうですね。

濱口でもあのブランド力は本当にすごいですよ。あの価格帯のクルマを買えるくらいですから、多くはビジネスで成功してる人たちです。だから優秀な頭脳を持った人たちが、メーカーに踊らされてることを自覚しながら買ってるんですよ。フェラーリにはそれほどまでに強いブランド力がありますね。

若林洋服や装飾品もそうですが、ヨーロッパのブランドは本当にすごいですよね。でも、だからこそ自動車文化が成立してるという側面もある気がします。

スーパーカーの意義

若林先ほど1,000馬力のクルマは公道でもサーキットでも使えないとおっしゃってましたが、使えないというのは具体的にどういうことなんでしょう。

濱口レーシングドライバーでもアクセルを半分くらいしか踏めないでしょうし、全開なんてサーキットでも危ない。そんなエゴの塊のようなクルマより、レーシングカーをサーキットで走らせるほうが断然おもしろいし、何より速いです。どんなスーパーカーもハイパーカーも、サーキットではレーシングマシンに勝てませんから。

若林スペック史上主義もやはり一種のエゴなんでしょうね。

濱口そうですね。でもそれは僕がレース経験者だからであって、一般の方たちはたとえそのスペックを使い切れなくても、そういうクルマをサーキットで走らせたらものすごく楽しめるはずなんです。ただ残念ながら日本にはサーキット文化がない。走行枠が少ないうえに料金も高いからなかなか走る人がいないんですが、とはいえ数千万円のクルマを買える人にとってみれば、大した金額ではないでしょう。タイヤやブレーキなどが激しく消耗するし、チューンナップパーツも売れますから自動車業界にとっても大きなメリットになるはずです。一般公道で飛ばして事故を起こしたり、他人に迷惑をかけたりするよりも、よほど社会的意義があります。だから僕は、サーキットでクルマを走らせる楽しさをもっともっと広めていって、日本にサーキット文化を根づかせたいと思ってるんです。

若林ぜひ濱口さんには頑張って欲しいです! 近年「新車が高くなった」というのが多くの日本人の実感で、それはクルマが高くなったのではなくて、日本人が貧乏になったという方が正しいのですが、私自身も欲しいクルマがあってもそうそう買えないなというのが偽らざる気持ちです。だからスーパーカーなんてもう夢のまた夢(笑)。でも、だからと言って、スーパーカーなんて無くていい、というのもちょっと違うと思うんです。

 実は先日、筑波サーキットで行われた試乗会に濱口さんがご自分のマクラーレン570Sでいらっしゃったんですよね。その時、私、コントロールタワーの2階からクルマが入ってくるのを見ていて、冒頭のR8を見たときと同じようにその佇まいの美しさにちょっと感動したんです。縁がないから普段は忘れてるんですけど、スーパーカーの意義を改めて思い出したというか、再認識した。

 濱口さんにこういうスーパーカーの話を聞くのはとても楽しいし、スーパーカーのようなクルマが存在していることそれ自体がクルマ好きにとっての幸せでもある。そして夢を見ることの大切さや豊かさを教えてくれているような気がします。

MCLAREN 570S SPIDER

総排気量:3,799cc
車両重量:1,498kg
エンジン:V型8気筒DOHC 32バルブ ツインターボ
トランスミッション:7速AT
駆動方式:MR
全長×全幅×全高(mm): 4,530×2,095×1,195
最高出力:419kW(570ps)/7,500rpm
最大トルク:600Nm(61.2kgm)/5,000-6,500rpm
0-100km/h加速:3.2秒

定期購読はFujisanで