新型コロナショックでクルマとどう向き合うか

まとめ・山下 剛

うすうす分かってはいるが、長く生きているとときに現実は人の想像をはるかに超える。

これまでに経験したことのない未曾有の世界的危機に襲われたとき、人間は否応無く本性を露呈してしまう。どうすれば冷静にこの危機と向き合えるか。この危機に私たちはクルマやバイクとどう付き合っていけばよいのだろうか。

●フェイクを嗅ぎ分ける

岡崎僕はフェイスブックでコロナ関連のニュースを採り上げているんだけど、自分ができることで少しでも世の中に貢献したいと思ってるんだ。具体的に何をしているかというと、ある情報をデマであると指摘したり、逆にこれは正しい情報と伝えたり。我々はクルマの専門だけど、メディアで言論活動をやっているから物事を論理的にとらえる訓練を日々やっていて、情報の真偽を問うことについては一般の人たちよりも慣れている。デマが溢れる中で、せめて僕のフェイスブックを見ている人たちには、正しい情報を正しく選択してもらいたいと思っている。

若林五朗さんの見解のおかげで冷静になれたところはありますね。テレビに出ているジャーナリストが、テレビ局にとって都合いいだけの人だったということも分かりましたし。

岡崎テレビのワイドショーでは、医師だけでなく、タレントもいろいろ好きなことを言う。だけど、その人たちの意見と、僕が前々からSNSでフォローしてる専門家たちの主張を比べると、後者のほうが論理的で、すっと入ってくる。これは正しいと思った。

若林ワイドショーに出ている人たちとは正反対の意見も多いですね。

岡崎そう。ワイドショーは視聴者の不安を煽るだけで、視聴率を稼ぐためにデマに近いことを言ってる、と僕はフェイスブックで書いた。

若林以前にそういう経験をされたそうですね。

岡崎三菱自動車が無資格の検査員に完成車検査させていた問題に関して、あるテレビ局からインタビューの依頼があった。内容を尋ねると「三菱が利益を出せず開発費がないから、無資格で完成車検査をしたというストーリーをしゃべってくれ」と言うんだよ。そういう話を元社員から聞いたと言うんだ。でもそれはまったく関係がないですよと答えると、それきり連絡が途絶えた。だから今もワイドショーは、間違った情報を話す人とか、誤認している自覚がなく本当にそう思っている、テレビ局にとって都合の良い人だけを呼ぶんだろうと感じてる。

若林情報を鵜呑みにするのではなく、自分で調べて勉強しないと、間違った情報をつい信じてしまいます。

岡崎たった1分間でいい。シェアやリツイートをする前にグーグルで調べれば、デマの拡散はほとんど防げる。「ほんとかな?」と思ったらまず調べることが重要。「新型コロナウイルスは、肺へ入る前に喉で4日間いるから、その間に塩水か酢でうがいをすれば治る」というデマを1200人くらいがシェアしてる。善意があるからこそなんだろうけど。

若林そんな簡単に治るならパンデミックにはならない、という疑問を感じられないんですね。

岡崎マスコミに対する不信感だけでなく、知人や友人の投稿は本当だという思い込みもあるんだろうね。自動車評論家のインプレ記事も、「所詮は太鼓持ちだから、価格ドットコムのレビューのほうが信用できる」ということをとても多くの人が言っているけど、それは違う。たとえば「岡崎五朗は新型カローラの質感がよくなったとか走りがよくなったなどとホメているが、今までもトヨタはずっと質感を上げ続けてきた」と言われる。そんな事実はなくて、質も走りも下がっていた。僕はプロだからクルマに関して正確なことがわかるし、トヨタの品質を時系列で比較できるけど、一般ユーザーの多くはそこまでわからない。なのに太鼓持ちというレッテルを貼って思考停止している。

若林専門外のことで正しい情報を取捨選択することはすごくむずかしい。

岡崎そう。勉強するしかない。イギリスでは、5Gの電波に乗ってウイルスが拡散するというデマが流れて、基地局が放火される事件があったという。もちろん電波でウイルスは飛ばないけど、精神的にウイルス感染したようになっている。

若林〝こころ〟がやられますよね。

岡崎恐怖感とかイライラとか対立とか、そういうものを相当感染させたよね。WHOが正しいのか、厚労省が正しいのかで意見が割れたし、しかもめまぐるしく変わる。フェイクニュースとまでは言えないものの、ぎりぎりなニュースも多い。

若林ツイッターなどのSNSを見ていると、怒りっぽくなった人が増えたと感じます。

岡崎今回のことで人のこころについて考えたし、ウイルスについても学んだ。PCR検査の偽陽性とか偽陰性、精度のこと。日本の医療体制についてもそう。補助金をどんどんと出せという主張もあるけど、その後には増税が待っている。政治についても、この危機にあってイデオロギーを持ち出してる場合じゃない。

若林これをよりよい世の中に結びつけていかなかったらやられ損ですね。

岡崎リモートワークにしても、はんこを押しに会社へ行かなきゃならないという仕事のやり方もそうだね。免許証の更新だって試験場などに行く必要がある。こうしたことを改善へつなげていくことがアフターコロナの第1段階。

若林こどもたちの学習もそうですよね。休校が長引いて、こどもたちが学習の習慣をなくしてしまうことが心配です。

●自動車メーカーのいま

若林世界中で不況が予測される今後、自動車メーカーは大丈夫でしょうか。

岡崎1930年代の世界恐慌やリーマンショックのときも、フェラーリの売上は落ちてない。なぜなら1兆円持ってる人は5,000億なくしてもまだ5,000億持ってるわけ。中途半端に高価なものが売れなくなる。

若林フォルクスワーゲン(VW)あたりが危機に陥りそう。

岡崎やばいね。EVの『ID・3』を安い価格で発表したけど、おそらく延期。バッテリー供給の問題といっているが、他にも理由がありそう。ライフサイクルコストでは『ゴルフ』より安いらしいけど、あれだけのバッテリーを積んで、利益がどれくらいあるのか。EV関連の設備にもかなり投資していて、そのほとんどは中国で売ろうとしてる。その中国が世界に先駆けてコロナショックを受けた。感染の第2波は来ないかもしれないけど、今すぐに大丈夫ということはありえないし、中国の経済状況は相当よくないという話もある。

若林ドイツではVWだけですか?

岡崎EVに一番突っ走ってるのがVW。ただVWが苦境に陥っても、国が潰さないだろうとは思う。国家による救済の条件としては相当のリストラだろう。最悪のシナリオは、ドイツ銀行自体が経営難に陥ることで、国家の財政赤字をドイツ銀行に付け替えてるという話もある。VWだけじゃなく、GMだって日本メーカーだってどうなるかわからない。日産は決算を見てるとギリギリ黒字にしたくらいでしょう。トヨタの内部留保はちょっと前まで20兆円あったというけど、今はもっとあるんじゃないかな。さらにいち早く1兆円の融資枠要請をしたから、工場が半年止まっても給料を払う余裕がある。

若林トヨタが1兆円集められるのはいいことだと思うけど、逆に不安が加速した部分もあります。

岡崎なるほど。もちろん逆の見方もできる。キャシュフローを用意しておけば潰れない。

若林関連会社には安心材料になりますね。

岡崎そうなると、スバルとマツダ、スズキはゆるいトヨタグループ。残るホンダが、日産三菱連合と提携してもメリットはほとんどない。となるとホンダ、三菱、日産は相当きついんじゃないか。ホンダとスバルの利益の源泉はアメリカで、アメリカの経済打撃も相当大きい。

若林アメリカはなんだかんだ浮かび上がってくる気もしますが、日産、三菱の非トヨタ勢が心配だなぁ。

●軽自動車をシステムごと輸出する

岡崎スズキやダイハツは軽自動車を輸出するといいと思う。排気量を増やすことなく、軽自動車という規格そのものを、国と一緒になって輸出する。新幹線だって車両だけじゃなくてシステムごと売るわけだから。

若林すごくいいアイデア!。こういう世の中になったからこそビジネスチャンスだってことですね。

岡崎軽自動車メーカーの人たちは、海外ではあのサイズと排気量では通用しないと言うんだけど、はたして本当かなと思うね。

若林ヨーロッパでは小さいクルマがたくさん走ってますし、アジアもありですよね。軽自動車がこれだけ進化して、海外の人が乗ったらびっくりすると思います。日本でのシェアは4割ですもん。最近は個性的な軽も増えて、あえてそれを選ぶ人も増えたし、軽だから恥ずかしいなんてことも全くなくなりました。

岡崎日本という自動車大国のユーザーがこれだけ選んでるクルマが海外で通用しないわけがない。ポストコロナの新しい価値観の上に立つ、日本の自動車メーカーのキラーコンテンツになり得ると思うんだ。

●アフターコロナのクルマ選び

岡崎アフターコロナのクルマ選びは、素性のよさが大切になってくると思う。世界全体がそうなるだろうけど、流れがふたつある。まず、これまでの「より豪華なほうがえらい」「パワーがあるほうがえらい」という価値観が変わる。性能はベーシックな方向に向かい、CO2削減や、EVやPHVへの流れもおそらく変わるんじゃないかな。今度のことでお金がなくなって市民も国も疲弊してるとき、補助金頼みのビジネスがうまくいくわけない。環境保護は生活に余裕があるから言えたことで、途上国ではそれよりも経済成長、食べ物の確保なんだから。先進国の経済がズタズタになったときに、パリ協定2050年の温室効果ガス80%削減などを本当に実現できるのか。EU内での格差が広がる中でイギリスは脱退した。コロナで大打撃を受けたスペインやイタリアが続くかもしれないし、パリ協定を脱退したアメリカに続く国が出てくるかもしれない。

若林グレタ・トゥーンベリが言うことは間違ってはないけど、今はそんなこと言ってられないという声が大きくなる可能性はありますね。

岡崎そうなったときに何が浮かび上がってくるかというと、速いとか豪華とかEVでもない。両方のバランスに優れたクルマ。たとえばハイブリッドだったり、若林さんが乗ってるようなコンパクトカー。もしかしたら軽自動車かもしれない。それでいて安かろう悪かろうではなく、気持ちを上げてくれるクルマ。市場価格が高騰してるけど、初代パンダのような、ものすごくベーシックなクルマが見直されるんじゃないかな。

若林カローラも見直されるかもしれないですね。アッパーの人たちがベーシックを求めたときに、カローラがいいポジションにいます。

岡崎原油価格が下がってるから、なおのことEVは厳しい。ヤリスがリッター30とか35㎞走るわけで、そうなるとなんでEVに乗ってなくちゃいけないのかとなる。ロジカルな予想だけど、人の気持ちがそういう方向にいくんじゃないかな。

若林フィアットの(角)パンダはミュージックビデオや映画から人気が出たし、スーパーカブも『天気の子』に登場して話題になりました。実はコロナ以前にそういう動きがあって、それをコロナが後押しする感じかもしれないですね。

岡崎過去を振り返るとおもしろいことがあって、スエズ危機の影響で燃料が入ってこなくなった1959年、ミニはそれに対応するために作られた。小さくてミニマムなものをひとりの天才エンジニアが生み出した。世界の危機にはああいうものが求められる。小さくてベーシックだけど、乗っていて気持ちが豊かになれるクルマ。

若林昨年(2019年)12月号の五朗さんとの対談のテーマは「ベーシックカーの時代が来る」ということでしたが、図らずもそれがあってアフターコロナへの流れになっているし、aheadで主張してきた「ピュア」とか「シンプル」というキーワードにつながってきています。価値観が逆転する場に立ち会ってる気がしますね。

岡崎そうだね。資本主義の弱点は、常に成長しなくてはならないという考え方だけど、それも限界。僕は経済学者でも経営者でもないけど、僕からすると対前年比ってプラスじゃなくていいと思うけど、彼らは「人は豊かにならないとだめ。豊かになるために生きてるんだ」と言う。でも、豊かさの方向性とか幸福のベクトルとか、そういうものの価値観はこれから変わる。豊かさの総量ではなくて質というところで考えると、クルマに300馬力もなくていい。

若林使い切れないですしね。

岡崎みんながそれに気付くいいきっかけなんじゃないかな。ガマンしてこれに乗るということではなく、いま自分ができる範囲で最良の選択をするというポジティブな方向に考えれば、200万円でも素敵なカーライフを送れる。

若林今、リフォームした団地が見直されてきてるって知ってます? やっぱり変革期なんですよね。1億円のタワーマンションを買うことが幸せではなくて、何が幸せなのかを一人ひとりが考え、実践していく。

岡崎いつまでもそんなことやってると、日本も貧しくなっちゃうよってことなのかもしれない。どっちが正しいか僕にはわからない。でも僕は今、クルマを2台持ってて、1台は1,000万円のポルシェ、もう1台は35万円で買ったベンツの124だけど、僕の中でそれらは等価なんだよね。

若林それはすてきな価値観。よく分かります。

岡崎両方好きだね。同じくらい好き。たとえばフェラーリと初代パンダも等価だと思ってる。初代カローラがサニーに対してプラス100㏄の余裕で、トナリのクルマが小さく見えるとか、ああいうふうにしてきたけど、もう今は違う。いい暮らしをしたい、することが贅沢というよりも文化的、精神的に満足できるかということなんだね。日本の軽自動車がよくなった結果、ヤリスもフィットもよくなり、それがやっとかたちになってきて、そういうところでも結果がピタリと合ってきたかな。


「新型コロナショックでクルマとどう向き合うか」の続きは本誌で

対談 岡崎五朗×若林葉子 まとめ・山下 剛

科学的思考が今後の国家の未来を左右する 小沢コージ

コロナ禍の中のバイク 山下 剛

定期購読はFujisanで