岡崎五朗のクルマでいきたい vol.120 陰謀論が隠すもの

文・岡崎五朗

 陰謀論の本を読んだ。ケネディ暗殺やアポロ計画、ツタンカーメンの呪いなど様々な事件を引きながら、それらにまつわる陰謀論について分析しているのだが、いちばん面白かったのは、なぜ陰謀論が囁かれるのかという分析だ。

 筆者はこう書く。「自分の理解を超えるものを理解するために人は簡単に陰謀論を信じてしまうのだ」と。天災を神の怒りと解釈した古代人の宗教観と似たようなものである。さらにこう続く。「かつては一部の人間が書籍やメディアを通じて陰謀論を広めていたが、現代ではブログやSNSを通じて個人が広めている」と。なるほど、社会問題化しているデマやフェイクニュースは、ある意味個人が発する陰謀論と言えるのかもしれない。

 クルマで言えば、最近よく目にする「プリウスロケット」なる言葉がこのパターンだ。暴走事故にプリウスが多いのはプリウスのシフトパターンが原因という説である。専門家の僕からすればなんの根拠もない素人の浅知恵にすぎないのだが、それがSNSでどんどん拡散していった。

 僕がこの説を素人の浅知恵と切り捨てるのにはいくつかの確たる根拠がある。まず、プリウスの暴走事故が多いのはプリウスがたくさん売れているからで、事故率は高くない。これはトヨタの内部調査で明らかにされている。内部調査なんて信用できないよと思うかもしれないが、調べたらすぐにばれる嘘をつくほどトヨタはバカじゃない。加えて、アメリカの公的機関による調査や、日本の損害保険会社の保険料率からもプリウスの事故率の高さは否定できる。

 次にシフトパターン。Nレンジからブレーキを踏まずにDレンジに入ってしまうことを問題視しているが、それは普通のAT車も同じ。むしろプリウスのほうがNレンジに入りにくい。また、ハイブリッドだからNレンジでアクセルを踏んでもエンジン音がしないため暴走してしまうという主張も、代わりにけたたましいアラーム音とメーター内警告が出るというファクトを無視したものだ。

 陰謀論の怖さは、それによって本当の原因が隠蔽されてしまうことにある。プリウスにさえ乗らなければ暴走は起きないのか? いやいや違うだろと思うのである。


TOYOTA GR SUPRA
トヨタ・GR スープラ

上質な乗り味が魅力

 このページでスープラを紹介するのは2度目。前回は6気筒エンジンを積んだ試作車をサーキットで3周しただけのレビューだった。あれから半年経ち、ついに公道での試乗が実現した。しかも今回は6気筒モデルだけでなく、出力の異なる2種類の4気筒モデルにも試乗できた。価格はRZが690万円、SZ-Rが590万円、SZが490万円。100万円刻みというのがちょっと面白い。

 パワーとスムースさ、上質感を味わいたいならRZの一択だ。BMW製直6ターボは、絶対的な速さもさることながら、街中や高速道路をゆるゆると流しているだけで得も言われぬ官能を伝えてくる。これはもう間違いなくエンジンの魅力だけで選ぶ価値がある。

 しかしエントリーグレードのSZにもまた別の魅力がきちんと備わっている。4気筒ターボは最高出力を197psに抑えているが、決して遅くないし、なによりノーズの軽さから来るライトウェイトスポーツのような軽快感がいい。タイヤのグリップは低く、ダンパーやデフの電子制御もなし。その分、人馬一体感の強いプリミティブな運転感覚を味わえる。

 高出力版4気筒ターボ(258ps)を積むSZ-Rは、SZの長所であるノーズの軽さを保ちながら、より強力なエンジン(258ps)と電子制御ダンパー&デフ、ハイグリップタイヤを得ることでスポーツ性に磨きをかけている。ハンドリングを含めた総合的なスポーツ度で選ぶならSZ-Rがベストだ。

 一般道を走ってみて感じたのは乗り味のよさ。試乗コースとなった伊豆周辺の路面はかなり荒れていたが、上下方向の揺すられ感はないし、突き上げも上手にいなしてくれる。また、たとえガツンというショックが入っても強靱なボディが振動を一瞬にして減衰してしまうため粗っぽさを感じない。高性能スポーツカーでありながら、大人のライフスタイルに無理なく対応してくれる上質な乗り味をもっているのがスープラの魅力だ。

トヨタ・GR スープラ

車両本体価格:6,900,000円~(税込)
全長×全幅×全高(mm):4,380×1,865×1,290
エンジン:直列6気筒
総排気量:2,997cc 乗車定員:2名
車両重量:1,520kg
最高出力:250kW(340ps)/5,000rpm
最大トルク:500Nm(51.0kgm)/1,600~4,500rpm
燃費:12.2km/ℓ(WLTCモード)
駆動方式:FR
*価格、諸元値はRZ

MERCEDES-BENZ A200d
メルセデス ベンツ・A200d

Aクラスに最新ディーゼル登場

 Aクラスに最新ディーゼルエンジンを搭載したモデルが加わった。A200dと名付けられたこのクルマが積むのは最新の2ℓ直4ディーゼル。CクラスやEクラスがすでに搭載しているものを横置き用にモデファイしたものだが、注目したいのは世界でもっとも進んだ排ガス浄化システムだ。

 キモとなるのは尿素SCRと組み合わせたアンモニアスリップ触媒。尿素SCRは尿素が少なすぎると窒素酸化物が残るが、多すぎるとアンモニアが出てしまうため、従来は尿素の噴射量を最適化することでアンモニアの発生を抑えつつ窒素酸化物を減らしていた。しかし、急加速をすると瞬間的に尿素量が不足することがあり、それが窒素酸化物の発生に繋がっていた。そこで登場したのがアンモニアの排出を抑えるアンモニアスリップ触媒だ。これがあれば尿素を多めに噴射することができるため、ドカンとアクセルを全開にするような運転をしても窒素酸化物の排出量を小さく抑えられる。

 ディーゼルゲートを受け、欧州ではより実走行に近い試験を実施することが決まっているが、A200dは来年から実施される世界でもっとも厳しい欧州の排ガス規制を前倒しでクリアしている。電動化に大きく舵を切りつつあるように見えて、実は決してディーゼルを諦めたわけではないのだ。

 世界最高のクリーン性能を実現する一方、フィーリングや燃費にも抜かりはない。わずか1,460rpmから発生する太いトルクと8速DCT(A180は7速)の組み合わせは、コンパクトなボディを滑らかかつ力強く走らせる。静粛性も優秀で、うっかりするとディーゼルだと気付かないほど。上まで回したときの軽快なパワーフィールも気持ちいい。それでいて高速道路をゆったりと流しているときの燃費はリッター25‌kmを超えてくる。燃料コストはプリウス並みである。A180との価格差30万円はかなりお買い得だ。

メルセデス ベンツ・A200d

車両本体価格:3,990,000円(税込)
全長×全幅×全高(mm):4,420×1,800×1,420
エンジン:DOHC直列4気筒 ターボチャージャー付
総排気量:1,949cc
乗車定員:5名
車両重量:1,470kg
最高出力:110kW(150ps)/3,400~4,400rpm
最大トルク:320Nm(32.6kgm)/1,400~3,200rpm
燃費:18.8km/ℓ(WLTCモード)
駆動方式:FF
*写真は、ガソリン仕様も含みます

FIAT 500X
フィアット・500X

ファミリーカーとして乗れるチンク

 フィアット500(チンクエチェント)といえばルパン三世の愛車として知られるモデル。本国イタリアはもちろん、日本でも大人気だ。とはいえ、ファミリーカーとしては後席も荷室も狭すぎるし、ドアが2枚しかないのも使いにくい。ファミリーユースに耐える500があればいいのに…という声に応える形で2015年に登場したのがこの500Xである。そういう意味ではミニに対するミニクロスオーバーの存在に似ている。

 500より二回りほど大きいボディには4枚のドアと、大人がちゃんと座れる後席と、巨大とまではいかないけれど実用的なラゲッジスペースが備わる。これならファミリーカーとして十分に使える。もちろん、誰が見ても500一族であることがわかるルックスもポイントだ。今回のマイナーチェンジではヘッドライトやリアコンビランプのデザインを変更。フロントにはグリルガード風のデザインを施しSUVテイストを強めてきた。一方、4WDモデルはカタログ落ちし、駆動方式はFFに絞られた。オフロード色を強めた顔との整合性という意味ではチグハグな感じもするが、4WDが欲しい人はプラットフォームを共有するジープ・レネゲードを選んで下さいということなのかもしれない。

 マイナーチェンジの最大の目玉が新エンジンの搭載だ。従来の1.4ℓからわずかに排気量を小さくしたが、パワーとトルクは上昇し、燃費も向上した。驚くほど速くなったわけではないが、ざらざらした微振動がとれて滑らかさが増し、静粛性も向上した。エンジン単体の進化もさることながら、エンジンマウント周りの設計変更が大きく効いているようだ。一方、コツコツした固めの乗り心地が改善されていないのはちょっと残念な部分。持ち前のキビキビしたフットワークにしなやかな乗り心地が加われば、乗っていてもっと楽しく、もっと気持ちのいいクルマになるだろう。そのあたりが今後の課題だ。

フィアット・500X

車両本体価格:2,980,000円~(税込)
*諸元値は500X Cross
全長×全幅×全高(mm):4,280×1,795×1,610
エンジン:直列4気筒マルチエア 16バルブインタークーラー付ターボ
総排気量:1,331cc
乗車定員:5名
車両重量:1,440kg
最高出力:111kW(151ps)/5,500rpm
最大トルク:270Nm(27.5kgm)/1,850rpm燃費:13.5km/ℓ(WLTCモード)
駆動方式:前輪駆動

MAZDA MAZDA 3
マツダ・マツダ3

個性派女優の実力と存在感

 アクセラ改めマツダ3となった注目のモデルにようやく試乗できた。とはいえプレス用のナンバー付き車両の用意はまだなく、試乗はテストコース内のみ。きっちりした試乗レビューは改めてお伝えするとして、まずはファーストインプレッションを報告しよう。

 マツダ3を屋外で見たのは今回が初めてだったが、個性の強さは想像以上だった。とくにマツダがファストバックと呼ぶ5ドアハッチバックは最高にイカしてる。近付いて眺めてもカッコいいが、100m離れた場所からでも強い存在感を伝えてくるのがいい。リア周りのクセがちょっと強すぎるなぁと感じる人もいるだろうが、それこそがデザイナーの狙い。「狙ったのは個性派女優です」というコメントからもわかるように、文句の付け所がない美形だが個性に欠けるデザインではなく、計算尽くの違和感が心にいい意味での“引っかかり”をつくる。ひと昔前のアルファロメオが好んでやっていた高度なデザイン手法である。

 試乗したのは2ℓガソリンと1.8ℓディーゼル。どちらもいいエンジンだが、新エンジンではないので想定内。驚かされたのはシャシー性能だ。限定的な路面でしか試していないことをお断りしたうえで言えば、ちょっと信じられないぐらい質感の高い乗り味だった。なにしろ走りだして数メートルで、タイヤが路面のザラつきを優しく包み込む感触と、ダンパーが滑らかに動いている感触がはっきりと伝わってきたのだ。これは路上に出ても期待できそう。速度を上げていくと路面にピタリと吸い付く安定感が、コーナーでは狙ったラインを正確にトレースしていく様子が印象的。スポーティー=クイックなハンドリングという固定概念に囚われない素直で自然な回頭感も僕の好みだった。そうそう、インテリアの質感やオーディオのサウンドも想像以上の仕上がりだった。公道に出て真の実力を試すのが待ち遠しい。

マツダ・マツダ3

車両本体価格:2,181,000円~(税込)
*諸元値はFASTBACK XD L Package(2WD)
全長×全幅×全高(mm):4,460×1,795×1,440
エンジン:水冷直列4気筒DOHC16バルブ直噴ターボ
総排気量:1,756cc
乗車定員:5名
車両重量:1,410kg
最高出力:85kW(116ps)/4,000rpm
最大トルク:270Nm(27.5kgm)/1,600~2,600rpm
燃費:19.8km/ℓ(WLTCモード)
駆動方式:2WD

Goro Okazaki

1966年生まれ。モータージャーナリスト。青山学院大学理工学部に在学中から執筆活動を開始し、数多くの雑誌やウェブサイト『Carview』などで活躍中。現在、テレビ神奈川にて自動車情報番組 『クルマでいこう!』に出演中。

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