TRIUMPH FOR THE RIDE「スピードツイン」という名に込められた想い

文・伊丹孝裕 写真・長谷川徹

トライアンフが2輪の生産を開始したのが、1902年のことだ。現存する2輪メーカーとしては最古のひとつであり、海外資本が入ることなくイギリスの血統を守ってきた稀有なブランドである。

 変革する時流の中、ブランド消失の危機は1度や2度ではなかったが、その度に復活。80年代半ばこそ、工場の稼働停止を余儀なくされていたものの、その間ですらライセンス生産を名乗り出た有志によって完全に消え入ることはなかったのである。

 90年代に入ると苦難の時代から一転。かつての隆盛を取り戻すかのようにラインアップは拡大の一途を辿ってきた。日本国内のシェアにも表れ、特に今年度に入ってからはハーレーダビッドソン、BMWに次ぐ輸入車メーカー3位の座を確固たるものにするなど、上昇気流の真っただ中にある。

 そんなトライアンフの強みは、立ち戻るべき確かな歴史があり、それを大切にしてきたことだ。50年代から70年代に掛けて登場し、今なお多くの愛好家を持つタイガー、サンダーバード、ボンネビル、トライデント……といったキラ星のようなモデル。だがそれは過ぎ去った過去の栄光ではない。

 事実、その名は90年代以降のモデルにもたびたび与えられ、黄金時代を今に継承。いわゆるネオクラシックと呼ばれるカテゴリーだが、そのパイオニアが他ならぬトライアンフであり、復活させるべき名を多く持っていたからこそ、牽引役を担ってこられたのだ。

 他メーカーのネオクラシックを見ればそれがよく分かる。その多くは、単に60年代風のスタイルが与えられていたり、クラシカルな色使いを持つに過ぎないイメージとしての存在だ。モチーフになったモデルを明確に宣言しているメーカーは少なく、あったとしてもそれは1メーカーにあたり1機種か、2機種があればいいところ。対するトライアンフはオリジナルの宝庫である。

 ただし、そんなトライアンフをして、現代に持ち出すには慎重にならざるを得なかった名前がある。「スピードツイン」がそれだ。

 正式名称5Tスピードツインは、’38年に発売された。そのフレームに搭載されていたエンジンは若き技術者、エドワード・ターナーの手によって開発された499㏄のOHVバーチカルツインで、26bhpの最高出力を6,000rpmで発揮。スポーツもしくはレースは単気筒の独壇場であり、2気筒はあくまでも実用。当時はそれが常識だったが、スピードツインのエンジンは高回転までよどみなく回り切り、シャープな運動性も持ち合わせていた革新のモデルだった。

 加えてコストも抑えられていたため、ヨーロッパ全土で大ヒットを記録。その頃のトライアンフは大恐慌の影響と4輪部門での失敗を受け、2輪からの撤退を検討されていたにもかかわらず、スピードツインの成功がその窮地を救ったのである。

 驚くべきことに、そのエンジンの基本設計は50年に渡って継承され、改良に継ぐ改良の果てに存続。鞄や時計をじっくりと使い込み、あるいは家や庭に手を加え続け、親から子へ、子から孫へ引き継いでいくイギリス人の価値観と文化の有り様そのものがそこにある。

 その意味で、トライアンフは慎重でもある。新生トライアンフとして活動を本格化し始めたのが’90年のことだが、サンダーバードやボンネビルの名前は復活させてもスピードツインは、今に至るまで持ち出さなかったからだ。

 スピードツインは、トライアンフの社史を語る上で決して外すことのできないビッグネームだ。それを思えば、本来ならいの一番に利用してもよかったはずだ。

 しかしながら、オリジナルがそうであったように、出すからには相応の価値がなければいけないと考えたのだろう。新型スピードツインのスロットルを捻り、車体をバンクさせれば、これまで掛けられた時間の意味が分かる。

 歴史を踏まえ、名前を大切にし、然るべきタイミングで世に問う。

 こうしたスタンスは、同じイギリスの4輪ブランド、アストンマーティンに通じる部分がある。トライアンフが誕生してからほどなく、1913年に創業を開始した同社が最初に黄金期を迎えたのは、やはり50年代から70年代にかけてのことだ。

 貴族であり、実業家でもあったサー・デイビット・ブラウンがその経営を指揮するようになってからのことで、その名を冠した「DB」シリーズを珠玉の名車に挙げるファンは今も多い。

 経営危機に何度も瀕し、しかしその度に消えることをよしとしなかった好事家が現れて手を差し伸べ、90年代に入ってからはかつての名を持つモデルをラインアップするようになったところもトライアンフを彷彿とさせる。

 間違いないのは、いずれのブランドから生み出されるモデルも正統なブリティッシュスポーツであり、その歴史の一端を担うにふさわしい価値が込められていることだ。

 しかしそれは、特別華やかなわけではなく、特別過激なスペックを持っているわけでもない。乗り手に長く愛され、じっくりと育んでもらうという姿勢を崩していないからこそ、100年を大きく超える歴史の中で違和感なく存在しているのだ。

トライアンフ スピードツイン/ Triumph Speed Twin

車両本体価格:1,600,000円(税込)
総排気量:1,200cc
最高出力:72kW(97ps) /6,750rpm
最大トルク:112Nm /4,950 rpm

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