特集 時代を飛び越える力 大衆車が消えた理由わけ

文・今尾直樹

 近頃めっきり見なくなった自動車用語のひとつに「大衆車」がある。いまどき「大衆車」というと、なんだかビンボーな感じがするかもしれない。

 けれど、たとえば、1961年に発売されたトヨタ初の大衆車とされるパブリカは、Public carをもじったというその名称からして「大衆車」だった。しかも、その名称は賞金100万円で一般公募し、108万通ものハガキのなかから選ばれた。新車価格は38万9,000円で、当時の国家公務員の大卒初任給1万2,000円の32カ月分という高級品だった。ごく単純に計算すると、2018年の同初任給は18万5,200円で、これの32カ月分だから、現在の価値にして592万6,400円もしたことになる。

 ただし、機能主義に徹したパブリカは排気量700㏄の空冷2気筒OHVに過ぎなかった。結果として、イマイチ人気が出ず、目論見よりも売れなかった。時期がちょっと早過ぎたこともある。日本にモータリゼーションが本格的に訪れるのは1964年の東京オリンピックの後のことで、その2年後に発売されたダットサン・サニーとトヨタ・カローラが主役となって「マイカー・ブーム」が巻き起こる。とりわけ、パブリカの反省から、デラックスでスポーティに仕立てられた初代カローラが、その後のニッポンの大衆車像を決定づけた、と筆者は思う。

 排気量1,077㏄の水冷直列4気筒OHVで、最高出力60‌ps、クラス初のフロアシフトを採用した初代カローラは、サニーに対抗するため、急遽排気量を増やして、「プラス100㏄の余裕」をキャッチコピーにした。価格は43万2,000円。高度経済成長まっただなかで、国家公務員の大卒初任給も2万2,100円に上がっていた。初代カローラは初任給20ヵ月分で手に入れることができたのだ。

 それからおよそ50年が過ぎ、バブルとバブル崩壊、IT革命やら中国の躍進やら、超少子高齢化もあって、ニッポンはすっかり変わった。2019年1月に発表された前年の車名別新車販売台数によると、1位は2年連続でホンダN-BOXで、10位までのうち7台が軽自動車だった(表1)。新車販売台数は登録車(普通車)が334万7,943台、軽は192万4,124台で、全体の36%を軽が占めた。

 これをもって、軽カーをニッポンの「大衆車」と呼んでもよいのだろうか? なんとなくはばかられるのは、じつは拙宅にも軽が1台あって、衝突安全性で疑問を抱くウチの奧さんに対して、節税を主な理由として購入をすすめたのはほかならぬ筆者だったからだ。軽ユーザーの多くは、筆者同様、節約のために軽を選んでいるのではあるまいか。「大衆車」には夢と憧れが必要なのに……。

 軽を除いた統計を見てみよう(表2)。第1位に輝いた日産ノートはe-パワー押しで、トヨタ・アクアと同プリウスはハイブリッド専用車。6~8位のホンダ・フィット、トヨタ・カローラ、同ヴィッツ以外の残りの4車はミニバンである。ベスト・セリング・カーが「大衆車」だとすれば、ノートとかアクアがかつてのサニーでありカローラであり、日産セレナやトヨタ・ヴォクシーがいまはなきブルーバードやコロナだとみなすこともできないではないだろう。ニッポンの大衆は環境問題に胸を痛め、モノより思い出を大切に、家族のことをおもんぱかっている。だから、ハイブリッドとミニバンが人気を集めている。

 とはいえ、あまりに現実的で、夢がなさすぎ、とつぶやきたくもなる。2018年度の普通車販売第1位のノートe-パワー、日産イチ押しの「メダリスト」は235万3,320円(消費税込)で、国家公務員の初任給の13カ月分弱、ホンダN-BOXは138万5,640円(同)からで、同7.5カ月分で手に入る。これ自体はけっこうなことかもしれない。けれど、自動車をあまりに身近なものとしてしまった代償として、私たちは「大衆車」という夢をなくしてしまった。

 大衆がいなくなったわけではない、と筆者は思う。私たちはここにいる。私が「私たち」と書いたとき、いったいだれを代表しているのか、という問題はあるけれど、それでも大衆のひとりとして自動車メーカーに申し上げたい。もう一度、夢と希望にあふれた、理想主義的な「大衆車」をつくってほしい。デラックスでスポーティでカッコよくてサステイナブルで、運転して楽しい小型車を。言うは易し、行うは難し、である。でも、言わなければ始まらない。

 「大衆車」をもう一度。

写真・長谷川徹
フォルクスワーゲン Golf Alltrack TSI 4MOTION
車両本体価格:3,699,000円~(税込)
総排気量:1,798cc
最高出力:132kW(180ps)/4,500-6,200rpm
最大トルク:280Nm(28.6kgm)/1,350-4,500rpm

 いいと思えることも、そうでないこともあるが、そんなことは関係なく時代は進む。昭和から平成へ、平成から令和へ。時代を飛び越えていく力はどこにあるのだろう。いろいろな方向から考えみた。

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