岡崎五朗のクルマでいきたい vol.115 機械へのこだわり

文・岡崎五朗

 昨年、ちょっと古いクルマを購入した。90年式メルセデス・ベンツ300E。W124という型式名で知られている中型セダンだ。

 コスト度外視の凝りに凝ったつくりから、一部のマニアの間では「最後のメルセデス」と呼ばれている名車だが、比較的流通量は多く、そこそこ程度のいい個体でも100万円前後で手に入る。

 もともと憧れていたわけでもなければ、ヤングクラシックブームに乗っかったわけでもない。「乗り味のいいクルマ」を探していて巡り会ったのがこいつだった。29年も前のクルマなのに?と訝る人もいるだろう。けれど、大トロの如きしなやかな乗り心地を示しながら速度を上げるほどにフラット感を増す魔法のような走り味、路面に吸い付くかのような濃密な接地感、疲れ知らずのシートなど、このクルマにはちょっと信じがたいほどのアナログ的魅力が備わっている。もちろん、クルマの技術は日々進化している。衝突回避ブレーキを始めとする先進安全装備が常識的になりつつあり、自動運転もいよいよ視野に入ってきた。

 そんな時代に古ぼけた中古車に乗って「乗り味最高!」なんて喜んでいる場合じゃないのかもしれない。けれど、電子制御技術がいかに進化しても、人間が感じる気持ちよさや豊かさは、結局のところ機械に左右される部分が大きいのだということをW124は教えてくれた。と同時に、その領域は30年近くたってもさほど進化していないか、むしろ退化しているのではないか、という危機感すら感じている。

 電子制御を批判するつもりはない。環境と安全を追求するのに高度な電子制御技術は不可欠だ。しかし、だからといって「機械」を軽んじていいことにはならない。かつてパソコンが高級品だった時代の付属キーボードは内部にバックリングスプリングを組み込むことで上質なクリック感を実現していた。しかし今はどうだ。CPU性能は飛躍的に上がったが、キーボードはコスト最優先のペコペコと安っぽいタッチのものばかりになってしまった。クルマにはそうなって欲しくない。電子制御技術がいかに進化しようとも機械部分へのこだわりは持ち続けて欲しいし、今後もそこを大切にしたレポートを書き続けるつもりだ。


TOYOTA SUPRA
トヨタ・スープラ

BMW共同開発の新型スープラ

 まずは最初に、今回の試乗は開発途上のプロトタイプをサーキットで数周しただけの〝速報〟であることをお断りしておく。量産モデルを生きた道、すなわち一般道でドライブした際のインプレッションについては4月頃の正式発売を待って報告していきたい。

 以前からボディに迷彩柄の偽装を施したスープラの写真は出回っていたが、すっぴんを見るのは今回が初めて。その第一印象はというと、小さくて低い! 次いで感じるのが個性的なディテールだ。偽装を脱いで露わになったボディは最近のトヨタデザインの傾向である「盛り盛り感」が強いものになっている。なかでも彫りの深いフロントマスクと大胆に盛り上がったリアフェンダー周りのインパクトはかなりのもの。エレガントではないが、この獰猛さに惹かれる人は少なくないはずだ。

 トヨタは新型スープラをBMWと共同開発した。スポーツカーのような大量販売を見込めない車種は収支計画の段階でお蔵入りしがちだが、共同開発なら開発資金を分散できる。すでに86とBRZ、マツダ・ロードスターとアバルト124スパイダーが採用しているが、今後もこうした手法は広まっていくだろう。スポーツカーの選択肢が拡がるという意味で、ユーザーの一人としては大歓迎だ。

 BMW製のパワートレインやシャシーを使っているため、乗り味にはBMW風味が強く漂っている。とくに3ℓ直6ターボの艶のある回転フィールと官能的な吹け上がりは従来のトヨタ車にはなかったもの。となると、BMW・Z4に固定ルーフとトヨタバッジを付けたのがスープラ? と思われるかもしれないが、さにあらず。チューニングはトヨタだし、そもそもBRZより低重心かつショートホイールベースという基本スペックはトヨタからの強い要請だったという。俊敏で獰猛で力強く、しかし大人が乗るに相応しい質感をも備えた2シータースポーツとして、新型スープラは大いに注目すべき存在だ。

トヨタ・スープラ

車両本体価格:未発表
*諸元値はスープラRZ(日本仕様)
全長×全幅×全高(mm):4,380×1,865×1,295
エンジン:直列6気筒ツインスクロールターボ
総排気量:2,998cc 乗車定員:2名
車両重量:1,520kg
最高出力:250kW(340ps)/5,000~6,500rpm
最大トルク:500Nm(51.0kgm)/1,600~4,500rpm
0-100km/h:4.3秒 駆動形式:FR

HONDA INSIGHT
ホンダ・インサイト

プリウスのよきライバル

 新型インサイトは初代から数えて3代目にあたるが、ハイブリッドモデルであることを除けば各モデルになんら関連性はない。燃費ベスト狙いの2シーターだった初代、安値でプリウスに挑み完膚なきまでに叩きのめされた2代目。それらとはまったく異なるコンセプトをもとにホンダが世に問うのが新型インサイトだ。

 ホンダの主張をそのまま紹介すれば「シビックとアコードの間を埋めるモデル」となるが、日本ではシビックもアコードもマイナーな存在だけにピンとこない人も多いだろう。そこで僕は「プリウスのよきライバル」と表現したい。開発担当者は「プリウスは意識していない」と言う。2代目の悪夢がそう言わせるのかもしれないが、やはりプリウスと対峙させたほうがわかりやすいと思う。ボディサイズはプリウスより少しだけ大きく、標準装備アイテムを考慮に入れた価格は25~30万円程度高い。つまり、プリウスのちょっと上狙いのハイブリッドセダンというわけだ。

 実際、新型インサイトはあらゆる部分でプリウスより上質なモデルに仕上がっている。プレーンでエレガントな佇まいはドレスアップした大人が乗り込んでも違和感がないし、インテリアの仕上げに至ってはインサイトの圧勝。乗り心地や直進安定性などを含めた走りの質も高い。なかでも印象的なのがパワートレーンの仕上がり。加速時はエンジンのうなりがやや気になるものの、常用域での静粛性は驚くほど高いし、プリウスより出力の高いモーターによる「EV的走行フィール」も新鮮だ。インサイトはi-MMDというホンダ独自の最新式ハイブリッドを採用している。簡単に言えばトヨタ式と日産式のいいとこどりのシステムで、すでにアコードやステップワゴン、オデッセイ、CR-Vにも採用されている。燃費や走行フィールを含め、きわめて優秀なシステムだ。価格への指摘もあるが、内容を見れば妥当な値付けだと思う。

ホンダ・インサイト

車両本体価格:3,261,600円~(税込)
*諸元値はEX・BLACK STYLE
全長×全幅×全高(mm):4,675×1,820×1,410
エンジン:水冷直列4気筒横置DOHC
総排気量:1,496cc
乗車定員:5名
車両重量:1,390kg
【エンジン】
最高出力:80kW(109ps)/6,000rpm
最大トルク:134Nm(13.7kgm)/5,000rpm
【モーター】
最高出力:96kW(131ps)/4,000~8,000rpm
最大トルク:267Nm(27.2kgm)/0~3,000rpm
燃費:25.6km/ℓ(WLTCモード)、31.4km/ℓ(JC08モード)
駆動方式:FF

VOLKSWAGEN POLO GTI
フォルクスワーゲン・ポロGTI

200PS、2ℓターボの個性派

 フォルクスワーゲンのGTIといえば、クルマ好きなら誰しもが一目置く存在だ。なかでも1975年に登場した初代ゴルフGTIは、高性能FFハッチバック車、いわゆるホットハッチのルーツであり、高性能車を民主化した記念すべきモデルとしていまなお語り継がれている。フォルクスワーゲンは質実剛健なクルマ作りを得意とするメーカーだけに、クルマ好きからは「いいクルマなんだけど、ちょっと物足りないよね」と思われがちだが、GTIは別。フォルクスワーゲン流の合理性に速さと熱さを封じ込めたこだわりの1台として、いまなお高い人気を誇っている。

 今回試乗したのはポロとしては6代目、ポロGTIとしては4代目にあたるモデルだ。先代よりひとまわり大きくなったボディに、GTI伝統の赤いラインをあしらった外観は、「見る人が見ればわかる」というマニアックなしつらえ。一方ドアを開けるとGTI伝統のタータンチェック柄シートや深紅のインパネがGTIであることを強烈にアピールする。

 さらに大胆なのがエンジンだ。ノーマルが1ℓの3気筒ターボにダウンサイジングされたのに対し、GTIは従来の1.8ℓターボから2ℓターボへと排気量を拡大。最高出力もついに200㎰の大台に乗った。とはいえ現代のホットハッチは速いけれど、同時にお利口さんであることが多い。しかしポロGTIは違った。エンジンこそ低速域からしっかりトルクを出す特性に躾けられているものの、足回りにはかなり思い切ったセッティングが与えられ、ワインディングロードではキビキビした切れ味の鋭い走りを演じてくれる。しかしその分、荒れた路面では上下に揺すられがちだし、大きな段差ではガツンという衝撃をストレートに伝えてくる。快適な高性能GT的乗り味に仕上げたゴルフGTIや、それに準じたup!GTIとは明らかに異なる性格の持ち主なのだ。小さく速く尖ったモデルに乗りたい人にオススメしたい。

フォルクスワーゲン・ポロGTI

車両本体価格:3,480,000円~(税込)
全長×全幅×全高(mm):4,075×1,750×1,440
エンジン:直列4気筒DOHCインタークーラー付ターボ
総排気量:1,984cc
車両重量:1,290kg
最高出力:200ps/4,400~6,000rpm
最大トルク:320Nm/1,500~4,350rpm

BMW X4

スタイリッシュな中型SUV

 ひと昔前は3シリーズ、5シリーズ、7シリーズぐらいしかなかったBMWだが、ここ10数年で急速に車種数を増やし、乗用車系は1~8シリーズまでを網羅。SUVも1~7シリーズまですべての数字をすき間なく埋めてきた。そんななかX4が担うのはスタイリッシュな中型SUVという領域だ。X3だけじゃダメなの? という気もするが、BMWはいまメルセデス・ベンツやアウディと生産台数200万台規模の熾烈な販売競争をしている。台数を少しでも上乗せするためには車種を増やし、すき間を埋めていく必要があるのだろう。ブランドイメージの分散=低下というリスクを冒してでも台数を稼ぎたいというのがいまのドイツプレミアム御三家の経営方針である。

 X3と共通のメカニズムにクーペのような流麗なルーフラインを与えられたX4。上ではX3だけじゃダメなの? と書いたものの、実車を前にするとイメージはかなり違う。X6をそのまま小柄にしたようなデザインにはわかりやすいスポーティーさがあり、X3にはない個性を主張している。そんなキャラクターはパワートレーンにも表れていて、ディーゼル中心のX3に対しX4にディーゼルの設定はなし。またトップグレードのM40iには360㎰を発生するガソリン3ℓ直6ターボを設定している。

 そのM40iをドライブしてみると、これはもうまさしくBMWが標榜する「駆け抜ける歓び」を体現するSUVであることを体感できた。とくにエンジンのエンターテインメント性はピカいち。絶対的なパワーもさることながら、ピッと芯の通った回転フィール、刺激的なサウンド、トップエンドに向けドラマティックに吹け上がっていく有機的フィールなど、EVはもちろん、メルセデスやアウディでは味わえない快感が間違いなく存在する。こういうフィーリングを保っているかぎり、ブランドイメージの心配はない。

BMW・X4

車両本体価格:7,670,000円~(税込)
*諸元値はBMW X4 M40i
全長×全幅×全高(mm):4,760×1,940×1,620
エンジン:直列6気筒 総排気量:2,997cc
車両重量:1,870kg
最高出力:265kW(360ps)/5,500rpm
最大トルク:500Nm/1,520~4,800rpm
燃費:10.9km/ℓ(JC08モード) 

Goro Okazaki

1966年生まれ。モータージャーナリスト。青山学院大学理工学部に在学中から執筆活動を開始し、数多くの雑誌やウェブサイト『Carview』などで活躍中。現在、テレビ神奈川にて自動車情報番組 『クルマでいこう!』に出演中。

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