岡崎五朗のクルマでいきたい vol.111 辛口評価のショー化

文・岡崎五朗

 先日、某所でトークショーがあった。視聴者や読者の方と直にコミュニケーションをとれる機会はあるようでないので毎回楽しみにしているのだが、終了後、ある方からこんなことを言われた。

 「五朗さんは優しすぎます。もっと辛口評価でお願いします」

 たしかに、薬にも毒にもならないような評論に価値はない。それは評論ではなく解説だ。そしてそんな評論が世にまん延しているのも否定できない。だから声をかけて下さった方の気持ちはわかる。けれどその一方で「辛口評価」というものに僕はなんら価値を見いだしていない。なぜなら、辛口評価とは辛口であること自体が目的化された一種のショーであって、評論の大前提である「公平かつ正当な評価」からは逸脱するものだからだ。いいモノはいい。悪いモノは悪い。そんな是々非々の姿勢こそが重要で、そこにエンターテイメントを織り交ぜることができたらもう最高だと思っている。

 いやいや、そういう小難しい話しじゃなく、知りたいのは五朗さんの本音なんですよ。タテマエじゃなくて本音。そんな反論がきそうだが、僕の本音なんて聞いてどうするの? というのが正直なところ。たとえばの話しだが、ミニバンなんて興味ないし…なんて評論には何の価値もないわけで。ま、たまにはそういう切り口があってもいいのかもしれないが、そうやって自分の嗜好を他人様に押しつけてばかりいるのは思い上がりというものだろう。個人の好みがもろに出るデザインを語るとき、なるべく客観的な理由を添えるようにしているのはそんな理由からだ。そのクルマに興味をもつであろう人たちの立場にたったうえで、他の同価格帯、同クラスのライバルと比較をしつつ(だから売っているクルマには全部乗る)、総合的な評価を下すのが僕の仕事であり、そこには辛口も甘口もない。というわけで、「辛口でお願いします」は勘弁していただきたいなぁと。とくに、自分が乗ってもいないのに誉めすぎとか言われると「乗ったことないのによくわかりますね」と反論したくなる。ただし乗ってみたけどぜんぜん違うよってことがあったらどしどし聞かせてくださいね。


HONDA CLARITY PHEV
ホンダ・CLARITY PHEV

クラリティシリーズの大本命

 前身モデルのFCXクラリティがデビューしたのは2008年。2016年3月には後継モデルにあたるクラリティFCVが登場した。どちらも官公庁や企業向けのリース販売のみだったものの、10年かけFCV路線を歩んできたわけで、クラリティ=FCVというイメージはかなり定着している。

 それだけに今回発売されたクラリティがプラグインハイブリッドであることに驚いた。しかしよくよく聞くと、同じ車体にFCV、PHEV、EVという3つの電動パワートレーンを搭載することは当初から想定していたという。とはいえ北米のみでリース販売しているEVは、航続距離130kmと商品としては論外の性能。FCVも早期の普及は望めない。ということで、クラリティシリーズの大本命がこのPHEVとなる。

 1.5ℓ直4エンジンに発電用と駆動用のモーター、バッテリーを組み合わせ前輪を駆動するという基本構成はアコードやステップワゴンのハイブリッドに近いが、モーター出力とバッテリーをどーんと増やしたうえで充電機能を加えたのが特徴。アコードハイブリッドの3.3倍もの出力を誇るモーターは、エンジンの助けを借りることなく高速道路や登坂路でも力強い走りをもたらす。1充電あたりのEV走行距離もJC08モードで114kmと、プリウスPHVの68km、アウトランダーPHEVの60kmを大幅に凌ぐ。蓄えた電力だけでこれだけ走るとなれば、日常的にはエンジンをかけなくてもほぼ事足りるだろう。もちろん、ロングドライブ時にはハイブリッドモードを選択すれば給油のみで安心して走ることができる。

 乗り心地、ハンドリング、インテリアの質感など、クルマとしての出来映えのよさも印象的だった。価格は張るが、電欠や充電待ちの心配をせず次世代パワートレーンを存分に味わいたい人にとって、クラリティPHEVは注目すべき存在だ。

ホンダ・CLARITY PHEV

車両本体価格:5,880,600円(税込)
全長×全幅×全高(mm):4,915×1,875×1,480
エンジン:水冷直列4気筒横置 総排気量:1,496cc
乗車定員:5名 車両重量:1,850kg
【エンジン】
最高出力:77kW(105ps)/5,500rpm
最大トルク:134Nm(13.7kgm)/5,000rpm
【モーター】
最高出力:135kW(184ps)/5,000~6,000rpm
最大トルク:315Nm(32.1kgm)/0-2,000rpm
燃費:28.0km/ℓ(JC08モード)、24.2km/ℓ(WLTCモード)
駆動方式:前輪駆動

SUZUKI JIMNY
スズキ・ジムニー

ライフスタイルカーとしての魅力

 発表前から大きな話題を呼び、発売と同時に注文が殺到。納車1年待ちともいわれる大人気モデルになった新型ジムニー。林業を営む人やオフロード好きなど一部の人に向けたプロの道具であり、燃費や室内スペースは割り切り、タフネスさを追求している。そんなクルマがなぜこれほどまでの人気を呼んだのか?軽自動車人気、直線基調のケレン味のないデザイン、20年ぶりのモデルチェンジなど理由はいろいろあるだろうが、最大の理由はSUVブームにある、というのが僕の分析だ。といってもSUVブームだからジムニーという単純なロジックではなく、そこには1クッション入る。街中になんちゃってSUVが溢れているからこそ、プロ以外の人までもが本格オフローダーであるジムニーに注目したのではないか。そう、高い機能に裏打ちされた本格派イメージが転じて、ライフスタイルカーとして受け入れられたということだ。メルセデス・ベンツGクラスやジープ・ラングラーも同じ文脈で語ることができる。この3台が今年揃ってフルモデルチェンジしたのは何かの因縁なのだろうか。それはともかく、軽自動車でありながら「好きで乗っている感」や「クルマ生活を楽しんでいる感」を強烈にアピールできるのがジムニーの魅力だ。

 軽のジムニーと小型のジムニー・シエラの2種類があるが、乗り心地がいいのは意外にもジムニーのほう。シエラはちょっとタイヤの固さを感じる。一方、コーナリングはワイドトレッド化の恩恵もあってシエラが上。高速走行時の余裕や静粛性もシエラに軍配があがる。ただしオーバーフェンダーのないスリークなデザインや維持費の安さを考えると、販売の90%以上がジムニーというのも頷ける。

 いずれにしても、性能そのものではなく、性能に裏打ちされたライフスタイルカーとしての魅力が新型ジムニーの魅力だ。最近のクルマに漂う停滞ムードを打ち破るヒントはここに隠されているような気がする。

スズキ・ジムニー

車両本体価格:1,458,000円~(税込)
*諸元値はXC(4WD/4AT)
全長×全幅×全高(mm):3,395×1,475×1,725
エンジン:水冷4サイクル直列3気筒インタークーラーターボ
総排気量:658cc 乗車定員:4名
車両重量:1,040kg
最高出力:47kW(64ps)/6,000rpm
最大トルク:96Nm(9.8kgm)/3,500rpm
燃費:13.2km/ℓ(WLTCモード)
駆動方式:パートタイム4WD

VOLVO V60
ボルボ・V60

国内事情にも対応のステーションワゴン

 新型V60をみてつくづく思ったのが、最近のボルボデザインの優秀性だ。無駄な線が1本たりとてないシンプルな構成なのに退屈さがまったくない。繊細で美しく、それでいてダイナミズムも伝えてくる仕上がりは、お世辞抜きで現代自動車デザインの最高峰と言っていい。現に、内外を問わず各自動車メーカーのデザイナーの多くがボルボデザインを高く評価している。かつてはドイツ車が得意としてきた「レス・イズ・モア」というデザイン言語は、いまやすっかりボルボの代名詞になった感がある。北欧家具を思わせる清潔感と暖かみに溢れたインテリアも大きな魅力だ。

 とはいえ、売れるかどうかとなると話しは別。XC90、XC60、XC40といったSUV群はタマが足りないほどの売れ行きを示しているが、セダンやステーションワゴンのマーケットは縮小傾向にある。いくら魅力的でもマーケットの流れには逆らうのは至難の業である。

 ところが、ボルボカージャパンの木村隆之社長は「心配ありません。売れます」と胸を張る。多数の受注に備え、かなりの台数を本国に発注済みであることも明かしてくれた。

 果たして思惑通りにことは進むのだろうか? そこで思い出したのがボルボの伝統だ。240、850、960など、ボルボはかつてステーションワゴンで売っていた。そのイメージと既存ユーザー母体の大きさは、新型V60にとって間違いなく有利に働く。荷室容量や走りの性能にも抜かりはない。XC60よりスポーティーな走りを楽しめる。

 加えて注目したいのがボディサイズだ。日本サイドからの強い要求が通り全幅が先代に対し15mm狭い1,850mmになった。もちろん全高もタワーパーキングに対応する数値だ。XCシリーズに興味をもちつつも自宅ガレージに入らない、タワーパーキングが使えないといった理由で購入に至らなかった人たちにとって、V60は救世主のような存在になるだろう。

ボルボ・V60

車両本体価格:4,990,000円~(税込)
*諸元値はV60 T5 Inscription
全長×全幅×全高(mm):4,760×1,850×1,435
エンジン:水冷直列4気筒DOHC 16バルブ
(インタークーラー付ターボチャージャー)
総排気量:1,968cc 乗車定員:5名
車両重量:1,700kg
最高出力:187kW(254ps)/5,500rpm
最大トルク:350Nm(35.7kgm)/1,500~4,800rpm
燃費:12.9km/ℓ(JC08モード)
駆動方式:前輪駆動

VOLKSWAGEN up! GTI
フォルクスワーゲン・up! GTI

2ドア×6速MT、パワフルup! 登場

 VWのエントリーモデル、up! に待望の高性能バージョン、GTIが加わった。限定600台、6速MT、ボディタイプは2ドアのみというマニアックな設定だ。

 試乗会場に着くと、初代ゴルフGTIが展示されていた。いまでこそかなり小柄な部類に属するup! だが、実は初代ゴルフとほぼ同じサイズであり、初代ゴルフGTIの復活と捉えて下さいとのメッセージと解釈した。

 ベーシックカーということもあり、日本でのup! の販売は4ドアの5速AT(シングルクラッチ式)がメインだそうだが、やはりこのクルマは3ドアがカッコいい。ショルダーラインがキュッとキックアップしていて、5ドアよりずっと軽快でスポーティーだ。MTというのも大正解。MT車の選択肢が極端に少なくなってきているいま、こういうこだわりはクルマファンとして大歓迎だ。

 搭載するエンジンはノーマルモデルが積む1ℓ3気筒のターボ版で、スペックは75‌ps/95‌Nmから116ps/200Nmへと強化されている。パワーアップよりトルク強化を重視した特性がうかがえるが、実際に走らせてみた印象もそうで、トップエンドまで鋭く吹け上がるというよりは、たっぷりしたトルクを使って力強く走るといった印象が強い。足回りも、ほぼ同時にデビューしたポロGTIと比べると穏やかな躾で、キュッキュッとシャープに曲がるというよりは、狙ったラインを正確にトレースする性能が前面に出てきている。乗り心地も、はっきりと固めのポロGTIよりマイルドだ。

 そう書くと退屈だと思われてしまうかもしれないが、そんなことはまったくない。MTを駆使してコンパクトなボディを走らせるのは素晴らしく楽しい。街中でエンジンを思い切りぶん回せるのもup! GTIの魅力だ。

 残念なのは、今号がお手元に届く頃には完売しているということ。ぜひカタログモデルとして継続販売して欲しい。

フォルクスワーゲン・up! GTI

車両本体価格:2,199,000円(税込)
*販売終了しています。
全長×全幅×全高(mm):3,625×1,650×1,485
エンジン:直列3気筒 DOHC インタークーラー付ターボ(4バルブ)
総排気量:999cc
車両重量:1,000kg
最高出力:116ps/5,000~5,500rpm
最大トルク:200Nm/2,000~3,500rpm
駆動方式:前輪駆動

Goro Okazaki

1966年生まれ。モータージャーナリスト。青山学院大学理工学部に在学中から執筆活動を開始し、数多くの雑誌やウェブサイト『Carview』などで活躍中。現在、テレビ神奈川にて自動車情報番組 『クルマでいこう!』に出演中。

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