特集 ハードボイルドでいこう

 自由に見えて不自由な時代である。自分の発言や行動を縛るものは何もないように見えて、
その実、“空気を読み”ながら発言し、行動していたりする。

 時代がどうであれ、他人になんと思われようとも、そしてそれを周囲に大声で主張する必要はないけれど、自分が本当に大事なものは守りたい。クルマやバイクは自分が自分らしくあるための頼もしき相棒なのである。

コミカルヒーローの舞台裏

文・山下敦史

 本来ハードボイルドは生き方の問題なわけで、形は必要ないはずなのだが、そうはいっても映画では限られた時間でキャラクターを生きたものにしなければならず、彼(あるいは彼女)の服装や髪型や口調、何を好むか、何を嫌うか、あらゆるディテールが人物造形の肉付けに使われる。中でもクルマは大きな要素だ。金持ちかそうでないのか、堅物か見栄っ張りか、クルマひとつでもどんな人物かを理解させられるのだ。

 70年以上も昔の映画になるが、ハードボイルドのアイコン、ハンフリー・ボガードが探偵フィリップ・マーロウを演じた「三つ数えろ」 劇中、マーロウが乗るのはプリムスのクーペ。高級車ではない。良くも悪くも仕事にこだわり過ぎるマーロウは金回りがいいとはいえず、大衆車に乗っているのだ。だが、そこには金では動かない男の矜持が見てとれる。ボギー流のスタイルはレトロだろうが、色あせない魅力を感じられるはずだ。

 007=ジェームズ・ボンドはダンディズムの人でハードボイルドとは多分違うのだが(近年のは別として)、男の美学を体現するという意味では重なる部分もあるだろう。ボンドが映画に登場したのは1962年で、アストンマーティンDB5に乗るのは3作目から。ボンドについては本題ではないので割愛、本題は70年代、ボンド的ダンディズムが陳腐化していた時代に登場した「ダーティハリー」のハリー・キャラハンだ。時代遅れのツイードジャケットを羽織り、悪をどこまでも追い詰めるハリーはボンドのように華麗でもダンディでもないが、現代でも通用するであろう鮮烈さを感じさせてくれる。愛車はシリーズ通してではないがフォード・カスタム。警察車両にも多く使われたモデルとあり、ダーティの汚名を着ながらその実誰より警官魂を持ったハリーの素顔を思わせる。

 時代が進むにつれ、男の美学的なハードボイルドはパロディにしかならなくなるのだが、70年代末のTVドラマ「探偵物語」は、それを逆手に取ることで逆説的にハードボイルドを成立させる先駆けとなった。松田優作演じる私立探偵工藤俊作はぶつくさ愚痴をこぼしたりボコボコにされたり、正統派の格好いい主人公ではないのだが、大事なところでは悪党相手でも警察相手でも一歩も退かない、やっぱりハードボイルドヒーローだった。工藤ちゃんがひょろ長い体を折りたたむように愛車ベスパで街を駆ける1カットだけで、これがどういう作品か分るだろう。思えば、当初は原作同様シリアス色が強かったアニメ「ルパン三世」が、やはりコミカルだがハードボイルドという路線で人気を博したのも同じ頃だ。特に現在まで続く人気を決定付けた劇場版第2作「カリオストロの城」は「探偵物語」と同じ1979年。劇中のルパンの愛車フィアット500はスタイリッシュとはいえないけれど、小粋で機敏、敵や警察を手玉に取るルパン一味そのものだった。直球でハードボイルドを描けなくなった時代だからこそ、どこか共通項を持つ両者が生まれたのだろう。

 近年、といってももう10年前だが、アメコミ世界という現実離れした舞台設定を用意し、リアルでハードな描写と緻密な世界観を取り入れることで現代にハードボイルドを成立させた希有な作品が「ダークナイト」だった。底知れぬ悪の化身ジョーカーと、正義というより悪の天敵であるバットマン、それぞれの存在理由を懸けた死闘が描かれる。劇中、バットマンの表の顔ブルース・ウェインが乗るクルマはランボルギーニ・ムルシエラゴ。大富豪だが、心の闇を抱える彼は運転手付きリムジンではなく、自らスーパーカーをかっ飛ばす。さらにムルシエラゴとはスペイン語でコウモリの意味。彼がバットマンだと暗示しているのだ。

 ハードボイルドに生きたいと言葉にすれば気恥ずかしいが、誰しもが最後の最後で自分を曲げない強さを持ちたい、誰のものでもない自分の価値観を持ちたいと、心のどこかで願っているんじゃないだろうか。コミカルで隠したりアニメにしたりスーパーヒーロー映画を装ったりしてはいるけど、ここで挙げた映画がいつまでも支持され、観続けられているのは、なりたい自分、なりたかった自分を思い出させてくれるからだ。理想の自分を追い続け、今の自分に自分を裏切っていないかと問い続ける。それが、ハードボイルドならざる人間の、精一杯のハードボイルドなのだと思う。

HONDA モンキー125

車両本体価格:399,600円/432,000円(ABS)(共に税込)
エンジン:空冷4ストロークOHC単気筒
総排気量:124cc
最高出力:6.9kW(9.4ps)/7,000rpm
最大トルク:11Nm(1.1kgm)/5,250rpm
車両重量:105(ABSは107)kg

RIDER:SEI KAMIO
撮影協力:ARAI HELMET/HYOD PRODUCTS/JAPEX(GAERNE)

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