「岡崎五朗の」クルマ購入論(3)

500万円あればクルマは何でも選べる

大金持ちならいざ知らず、血中クルマ好き濃度の高い一般人にとって、常に悩みのタネになるのが予算だ。一度はポルシェに乗ってみたい。AMGってカッコいいね。いやいや自分はマセラティ派だな…。そんな会話の後に続くのは、決まって「宝くじが当たったら」という半ば諦め混じりの言葉。

けれど、諦める必要はない。新車という括りを外せば、いままで信じられなかったようなバラ色の世界が目の前に拡がっていることに気付くことになる。

ボクスターなら走行1万キロ程度の個体が500万円以下で手に入るし、僕がいちばん好きな911であるタイプ997も500万円以下のものが出始めている。911の場合、さすがに7〜8年落ちになるからメンテナンス費用もある程度覚悟しておく必要があるけれど、自分で手入れをしながら大切に乗るのも趣味と考えれば悪くはない。そしてこの種のクルマは3年乗っても新車よりずっと値落ちが少ない。値落ちの少なさをメンテナンス費用に充てると考えれば損はない。

その他、中古車サイトで500万円以下で検索をかければ、新車時で軽く1000万円オーバーの夢のクルマが出てくるわ出てくるわ。マセラティやBMWのM3、AMG・CL63、レンジローバー・ヴォーグ、メルセデス・ベンツSL550、アウディA8、ジャガーXKR、レクサスLSハイブリッド…。

これはあまり知られていないことだが、日本の中古車は諸外国と比べて圧倒的に安い。新車信仰が強いため、中古車を敬遠する人が多いからだ。それに目を付け、最近では海外から日本の中古車を買い付けに来る業者も多い。ひと昔前はランドクルーザーやハイエースといったタフな実用中古車をロシアや中近東に輸出するケースが多かったが、最近ではポルシェなどのマニアックなスポーツ
カーが数多く海外に流出している。そう、日本は世界的に見ても希な中古車天国なのだ。

クルマ好きたる者、そんな絶好の機会を逃す手はない。事実、モータージャーナリストや自動車雑誌の編集者はたいてい程度のいい中古車を買っている。その方が圧倒的に安い予算で素敵なクルマに乗れるということを身を以て知っているからだ。

もちろん、中古車には故障やアフターサービスといった心配は付きものだが、並行輸入車やタチの悪い改造車でもない限り、整備は正規ディーラーで問題なく受け付けてくれるし、それでも心配ならメーカーの認定中古車を検討してみるといいだろう。認定中古車とは、素性のしっかりした程度のいい中古車をメーカーやインポーターがしっかり整備した上で保障を付けて販売するもの。一般的な中古車よりは若干価格が高くなるが、その分、安心感や優れたホスピタリティが手に入る。新車と中古車の中間的存在と考えればいいだろう。

いずれにしても、中古車まで視野に入れればクルマ選びの選択肢は飛躍的に拡がる。一例として予算500万円としたが、300万円でもビックリするような素敵なクルマが手に入るのだ。

この特集を通じて僕が読者の方に伝えたかったこと。それは、クルマとは、かくも広がりのある商品であるということだ。下駄代わりに乗る安くてエコなクルマから、技術の粋を集めてエコと走りの両立を目指したクルマ、そして意外にも身近なところにいる夢のクルマたち。

どれを選ぶかは貴方次第。答えはひとつじゃない。だからこそクルマ選びは楽しいし、どんな選択をするかによってカーライフはまったく違うものになる。

個人的には、もっと多くの人にこだわりを持ったクルマ選びをして欲しいし、それによってカーライフをもっと充実したものにして欲しい。しかしその一方で、こだわりを捨てて燃費一本で選ぶ人が増えるのが地球環境的には望ましいというのも本音ではある。

とはいえ、そんな無責任きわまりない結論で結ぶのはメディアに携わる者としては失格だろう。一人のクルマ好き、あるいはモータージャーナリストとして望むのは、きれい事かもしれないが、楽しく快適で美しく、しかし究極のエコ性能を備えたクルマの登場。人類の英知に限界がないのなら、決して不可能ではないはず。クルマは成熟商品になったと主張する人がいるが、そんなことは決してない。理想のクルマを目指して、これからもクルマは進化し続けるのだ。

文・岡崎五朗


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