岡崎五朗のクルマでいきたい vol.97 セダンの利点

文・岡崎五朗

 かつてはクルマの本流だったセダンだが、最近はミニバンやSUV、あるいはハッチバックタイプのコンパクトカーに押されすっかり人気がなくなってしまった。

 しかし、なぜ本流だったのか、その理由に思いを馳せると、なかなかどうして捨てたもんじゃないなと思えてくる。

 1ボックスカーとかFF2ボックスとか3ボックスセダンとか、そういう言葉を聞いたことがあるだろうか。最近はあまり使わなくなったが、ここでいうボックスとは“箱”のこと。セダンの場合、エンジン用の箱と人用の箱と荷物用の箱の合計3つの箱からできているから3ボックス。ハッチバックカーやステーションワゴンはエンジン用の箱と、人&荷物の箱からできているから2ボックス。1ボックスカーはエンジンと人と荷物を1つの箱に入れてしまう形式だが、ハイエースのようなキャブオーバー型はともかく、最近の乗用ミニバンはエンジンルームが独立しているので、1.5ボックス(エンジンの箱が小さいため)と呼ばれる。

 さて本題だ。セダンは3つの箱からできている。それは、人が乗る箱を他の箱と分けることでもっとも快適にするためだ。エンジンと分割するメリットは容易に想像できるだろうが、荷室と分けるメリットもちゃんとある。荷物が動いてもガタガタ音がしない。スーパーでネギを買っても臭いが車内に入ってこない。後輪を発生源とするタイヤノイズの車内侵入も抑え込みやすい。また、海外ではここが重要視されているが、たとえガラスを破られても車内に置いてある荷物が盗まれない。快適性とセキュリティ面での優位性が、まずはセダンの大きなメリットである。

 また、セダンは空気抵抗が小さく、ボディ開口部が小さいためボディ剛性も高めやすく、ルーフ面積が小さいため低重心で、なおかつ重心位置と空力中心点が近いため横風安定性も高まる。そう、いまや「古臭い様式」と捉えられがちなセダンだが、実はエンジニアリング的にみて実に理にかなったカタチなのである。メルセデス・ベンツSクラスやBMW7シリーズ、アウディA8、はたまたロールスロイスやベントレーなど、世界の名だたる高級車がセダンであることにはちゃんとした理由があるのだ。


TOYOTA CAMRY
トヨタ・カムリ

日本発、魅力的なセダン登場

 「私がこのクルマでやりたかったのは数字では表せない〝情感〟の部分。それをやらない以上、セダンの復権はあり得ないと思ったからです」 新型カムリの開発責任者である勝又正人チーフエンジニアの言葉を聞いて何度も頷いた。僕が考えていた日本のセダンの問題点とまったく同じだったからだ。

 前のページでは「理屈で語れるセダンの利点」を書いた。しかしクルマは製品ではなく商品であり、商品である以上、理屈ではなく感情で選ばれる割合が大きい。そう考えると、いくらセダンの利点を並べ立てたところで不人気ジャンルが人気ジャンルに化けることなんてあり得ない。

 ではカムリはどんな部分で情感に訴えているのか。まずはデザインだ。プロポーションはとてもきれいだし、ボディサイドの造形や、ルーフからCピラーへと続いていくラインと面の構成も美しい。ドアを開け室内に乗り込むと、左右非対称のダッシュボードが目に飛び込んでくる。かなり大胆な造形だが、外観とのバランスという意味ではちょうどいいし、丁寧なつくりをしているため浮ついた感じはない。大きく口を開けた顔つきと、ウッド調でもメタル調でもないインテリアの化粧パネルはちょっとやり過ぎでは? と思ったが、セダンという古いジャンルに新鮮味を与えるにはこれぐらいのインパクトが必要だという作り手の想いは十分に理解できる。

 エンジンは世界最高の熱効率を誇る新開発2.5ℓ直4を積むハイブリッドのみ。同じ形式のハイブリッドながら、1.8ℓエンジンを積むプリウスと比べると動力性能の余裕の差は歴然で、実用域では余裕の大きさが上質感を、フル加速時には気持ちのいいスポーティー感を生みだす。乗り心地、静粛性、高速直進安定性、意のままのハンドリングといった「数字には表れない性能」でもプリウスを大きく凌ぐ。これでこの価格は安い。日本から久々に魅力的なセダンが登場した。

トヨタ・カムリ

車両本体価格:3,499,200円~(税込、G)
*北海道・沖縄は価格が異なります
全長×全幅×全高:4,885mm×1,840mm×1,445mm
車両重量:1,570kg 定員:5名
エンジン:直列4気筒
【エンジン】総排気量:2,487cc
最高出力:131kW(178ps)/5,700rpm
最大トルク:221Nm(22.5kgm)/3,600~5,200rpm
【モーター】最高出力:88kW(120ps)
最大トルク:202Nm(20.6kgm)
JC08モード燃費:28.4km/ℓ
駆動方式:前輪駆動

AUDI A5 SPORTBACK
アウディ・A5 スポーツバック

3 in 1コンセプトを濃密に具現化

 アウディの主力セダンA4とエンジンやプラットフォームといった基本メカニズムを共有しつつ、クーペ、カブリオレ、スポーツバック(5ドアハッチバック)といった異なるボディタイプを与えることで、より高い付加価値を付けたのがA5シリーズだ。

 昨年ひと足先にモデルチェンジしたA4に続き、A5も新型となったわけだが、なかでも販売台数がもっとも多いのがスポーツバックだ。スポーツバックの特徴は、セダンのプレステージ性とアバント(ステーションワゴン)の機能性、クーペのエレガンスを一台に集約した3in1コンセプト。こうしたコンセプトは往々にして帯に短したすきに長しになってしまいがちだが、難しいテーマを誰もが納得できる水準で実現しているのがA5スポーツバックの持ち味だ。プロポーションにも、ディテールにも、塗装のクォリティにも文句の付け所がない。A4と比べると明らかにスタイリッシュだし、格上のクルマに見える。その一方、リアにはウインドウを含めてガバッと大きく開くハッチゲートが備わり、可倒式リアシートとあいまってアバント並みの使い勝手を誇る。後席空間も十分に広い。実際に眺め、乗り込んでみれば、3in1コンセプトが驚くほどの濃密さで具現化されていることに気付くはずだ。

 エンジンは2ℓ直4ターボで、FFが190ps、クワトロ(4WD)が252ps。高性能モデルのS5スポーツバックは3ℓV6ターボ(354ps)を積む。クワトロの場合、4WD化の影響で運転席足元がちょっと窮屈だが、走りの質感はそうとう高い。リアに巨大な開口部をもっているにもかかわらずボディはガッチリしているし、フットワーク、とくにワインディングロードでのライントレース性の高さは驚異的とすら表現できる。もう一点、全幅が先代比マイナス10mmの1,845mmに抑えられているのも日本の道路事情にはピッタリだ。

アウディ・A5 スポーツバック

車両本体価格:6,860,000円(税込、A5 Sportback 2.0 TFSI quattro sport)
全長×全幅×全高:4,750mm×1,845mm×1,390mm
車両重量:1,610kg
エンジン:直列4気筒DOHCインタークーラー付ターボ
総排気量:1,984cc
最高出力:185kW(252ps)/5,000~6,000rpm
最大トルク:370Nm(37.7kgm)/1,600~4,500rpm
JC08モード燃費:16.5km/ℓ
駆動方式:quattro®

PORSCHE MACAN TURBO PERFORMANCE
ポルシェ・マカン ターボ パフォーマンス

ポルシェ製スポーツカーの魂宿るSUV

 マカンは、カイエンよりひとまわりコンパクトなボディをもつSUVだ。デビューは2014年だが、その魅力は一向に衰えていない。もちろん、モデルそのものの新鮮さは落ちたかもしれない。が、ポルシェのコアバリューであるパフォーマンスは、衰えるどころかますます高まってきている。空前のSUVブームの中、様々なモデルが市場に投入されているものの、走行性能においてマカンを上回るモデルはいまだ1台も存在しない、というのが僕の偽らざる考えだ。

 その象徴的なモデルが、先日追加された「ターボ・パフォーマンス」だ。トップグレードである「ターボ」の400ps/550Nmから440ps/600Nmまで高めたスペックは、当然ながら目の覚めるような動力性能を生みだしている。しかし、ターボ・パフォーマンスの魅力は速さだけじゃない。むしろ、サスペンションやブレーキの強化など、速さを追求する過程で投入されたクルマ全体の性能向上と、それによるフィーリングの磨き込みこそが、最大のトピックである。

 事実、実際に運転してみてまず驚かされるのは乗り心地のよさと運転のしやすさだ。たとえ街中であっても、粗っぽさや扱いづらさは微塵もない。スムーズに動くサスペンションと強靱なボディの組み合わせはあらゆる路面で極上の乗り心地を提供。ステアリングやブレーキ、アクセルに対する反応も徹底的に自然だから、どんな速度でもイメージ通りに走り、曲がり、止まってくれる。不満点があるとすれば、運転席足元が窮屈なことぐらいで、走りに関しては100点満点が付く。

 もちろん、高速道路やワインディングロードに持ち込めば、並みのスポーツカー顔負けの走りを演じてくれるが、普通に走っていても、ああ気持ちいい! と思えるのがマカンの美点だ。そう、マカンには911やケイマン/ボクスターといったポルシェ製スポーツカーと同じ魂が宿っているのである。

ポルシェ・マカン ターボ パフォーマンス

車両本体価格:11,940,000円(税込)
全長×全幅×全高:4,699mm×1,923mm×1,609mm
エンジン:3.6リッターV型6気筒 ツインターボエンジン
総排気量:3,604cc
最高出力:324kW(440ps)/6,000rpm
最大トルク:600Nm/1,500~4,500rpm
最高速度:272㎞/h
0-100㎞/h加速:4.4秒

SUBARU XV
スバル・XV

ベストルッキング・スバル

 スバルXVは、インプレッサの車高を高めるとともに、SUVテイストのボディパーツを与えたモデルだ。新型はXVとしては3代目、インプレッサとしては5代目となる。

 先代からXVという単独名で呼ばれるようになったが、その姿形をみれば誰もがインプレッサの1バリエーションであることに気付くだろう。インプレッサとの違いは高められた車高、黒い樹脂製フェンダーアーチモール、大径タイヤ、前後バンパーなどで、基本となるボディパネルはインプレッサと同じだ。しかし、適度なSUVテイストがベースモデルにはない遊び心を巧みに演出している。スバルと言えば質実剛健なデザインが持ち味で、それにはファンも多いが、僕はこのXVがベストルッキング・スバルだと思う。

 スバルらしいなと感じるのが200mmという本格SUV並みの最低地上高だ。XVよりずっとSUVらしいカタチをしているにもかかわらず200mm以下のロードクリアランスに留まっているライバルが多いなか、きちんとした機能的裏付けを与えてくるのがスバルの真面目さを物語っている。全高もタワーパーキングに対応できる1,550mmを死守した。ただしルーフレールを装着すると1,595mmになる。

 現行インプレッサから採用が始まった新しいプラットフォームは、乗り心地とハンドリングの両立ポイントを大きく底上げしたが、そのメリットはXVにもしっかりと反映されている。ワインディングロードにも持ち込んでみたが、車高=重心が上がったことによるネガは感じられなかった。操舵に対するクルマの動きに遅れはないし、ロールスピードもしっかりと抑え込まれ、浮き足だった印象がまったくない。ただしここまで足がよくなるとパワートレーンに不足感が出てくるのも事実。1.6ℓと2ℓがあるが、2ℓを選んでも「もうちょっとパンチが欲しいな」と思ってしまうあたりは、今後に期待したい。

スバル・XV

車両本体価格:2,484,000円(税込、2.0i-L EyeSight)
全長×全幅×全高:4,465mm×1,800mm×1,550mm
車両重量:1,420kg 定員:5名
エンジン:水平対向4気筒 2.0ℓ DOHC 16バルブ デュアルAVCS直噴
総排気量:1,995cc
最高出力:113kW(154ps)/6,000rpm
最大トルク:196Nm(20.0kgm)/4,000rpm
JC08モード燃費:16.4km/ℓ
駆動方式:AWD

Goro Okazaki

1966年生まれ。モータージャーナリスト。青山学院大学理工学部に在学中から執筆活動を開始し、数多くの雑誌やウェブサイト『Carview』などで活躍中。現在、テレビ神奈川にて自動車情報番組 『クルマでいこう!』に出演中。

定期購読はFujisanで