クルマとバイクと夏休み

写真・長谷川徹

 夏は特別な季節だ。

 紫外線のことは少しだけ忘れて空を見上げると、真夏の太陽がぎらぎらと心を刺激する。子どものころの夏の思い出がよみがえる。若いころのバカ騒ぎにも似た興奮を思い出す。
夏は自分を縛っているものから、解放されていい季節なのだ。

 ─ オープンカーで思い切り太陽を浴びてみる。目の前のものを振り切って次のステージへ飛び込んでみる。子どもの頃の憧れだったバイクを思い切って手に入れてみる。

 大人になっても、夏は特別な季節にできる。

林道の写真を撮る

文・若林葉子 写真・瀬尾拓慶

 子どもの頃、夏休みが待ち遠しかった。8月に入ると決まって、母の田舎である秋田の祖母の家に長逗留できるから。お天気が良ければ、毎日プールに通い、公園を走り回って昼寝をし、縁側に座ってスイカの種を飛ばす。風鈴がちりんちりんと鳴っていたっけ。夜は懐中電灯を持った祖母を先頭に兄や妹、同い年の従兄弟と一緒に蛍を見に行った。一番楽しみだったのは、近所のお兄さんが連れて行ってくれた大館市の市民の森。調べてみるとあれから30年以上経った今も現存するようだが、幼い私にとってそこは広大な森。樹々は天まで届くように思えたし、ぶんぶんと羽音を鳴らして追いかけてくる蜂からは命からがらのようにして逃げた。葉陰から差し込む太陽の光はほの暗い森に柔らかな影を作り、美しかった。あの森で見た赤とんぼの大群は今も忘れることができない。いつも大人の顔色を窺っていた私は、幼いながらに自分がいろいろなしがらみの中に生きていることを知っていた。でも、1年のうちの夏だけはそんな窮屈さから解き放たれて、田舎の大きな空の下を自分らしく駆け回ることができたのだ。

 そんな昔のことを思い出したのは、ひょんなことから瀬尾拓慶さんが撮った写真に出逢ったから。ホームページにあがっている「Nature in JAPAN」の写真を見ていると、自分の心の奥に眠っている何かが呼び覚まされるような気がした。意外にも同じ沿線に彼のギャラリーがあることが分かり、どんな人が撮っているんだろう…そんな興味もあって、訪ねてみた。

 瀬尾拓慶さん。1990年生まれの27歳。驚いたことに本格的に写真を撮り始めてまだ1年半ほどだと言う。森や林道に入るようになったのもここ1年。最初はレンタカーか電車で近くまで行き、大きな荷物を担いで、歩いて森に入っていた。じゃぁ最初は日帰りだったの? と聞くと、「普通にその辺で寝てました。熊だっているのに、今思うとなんて怖いことしてたんだろうって思います」

 幼い頃、瀬尾さんは伊豆の山奥の別荘でよく両親と過ごした。日がな一日釣りをすることもあったという。そういう時間が大好きで、自然への憧れと親しみはその時に刻み込まれたものらしい。それが彼の原点だ。「父と母も若い頃少し写真をやっていて、両親が撮った写真を見るのが好きだったんです。写真て、何も劇的なことじゃなくても、その時の喜びや感情を切り取って残すことができる。僕は人が自然に対して持っている憧れや癒しを少しでも引き出せたらって思っているんです」

 最初は歩いて入っていた林道だが、今はジムニーが相棒だ。ランクルも考えたが、いろんな人に話を聞いて、日本の林道ではやはりジムニーが最適だと判断した。買ってすぐ、ジムニーのプロショップ「アピオ」で下回りのガード類一式を取り付けた。彼のジムニーを覗いて見ると、自作のベッドキット(折りたたむと背もたれにもなる優れもの!)に自作のタープなど創意工夫にあふれていて、決して広いとは言えないジムニーの車内が機能的で快適に設えられている。

 「ジムニー大好きです。ジムニーだからこそ、自分の手足のように扱えるし、クルマへの信頼感があるからこそ、好奇心の赴くままに林道に入っていけるんです」

 今では地元の人と仲良くなって、林道のいろんな情報をもらえるようになった。安全が第一だから、感覚的にこれ以上は危ないという一線は超えないようにしている。それに、そもそも人が入っていけない場所に行くのが目的ではない。

 「誰かに写真を見せた時に、その人が行ける場所を撮りたいんです。いろんな人にこういう風景があることを知って欲しい。例えば、奥多摩。奥多摩は谷が深いので入ってくる光が柔らかくて綺麗なんですよ。だから奥多摩で撮影することも多いです。東京からも近いですし、誰もが行ける場所です」

 子どもの頃に感じた自然への憧れ。自分を解き放てる夏の空気。案外、それを感じられる場所は今だって身近なところにあるのかもしれない。瀬尾さんの話を聞いているとそんな気がしてきた。

  「今度ぜひ、撮影現場に一緒に来てください!」 若き写真家は人なつこい笑顔でそう誘ってくれた。

一人で頻繁に林道に撮影に行くという瀬尾さん。頼れる相棒はジムニーだけ。下回りのガード類をAPIOで取り付けたのは、「HPがただの商品情報だけではなくて、動画や記事などショップの人のこだわりが感じられたから」だという。写真も林道もクルマも基本独学。調べて、分からなければ人に話を聞いて、やってみる。地元の人ともすぐに仲良くなれるのは、素直で人なつこい性格だからだろう。
常設写真ギャラリー「Imaging Gallery GLEAM」
場所:横浜市港北区日吉2-2-16(東横線日吉駅徒歩1分) 

Takumichi Seo
デザイナー・写真家。1990年神奈川県川崎市生まれ。幼少期より、音楽、自然、様々なデザイン現場に囲まれ、物事に対する特異な感性と視点を持ち育つ。多摩美術大学環境デザイン学科卒。自ら撮影した写真を用いた、ポスターやCDジャケット、様々な広告媒体のデザインやバックグラウンドミュージックの作曲等も手掛ける。
www.takumichi-seo.com

「特集 「クルマとバイクと夏休み」の続きは本誌で

オープンカーで太陽を浴びる 岡小百合
今こそもう一度XR 山下 剛
次へ向かうタイミング 吉田拓生
林道の写真を撮る 若林葉子


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