F1ジャーナリスト世良耕太の知られざるF1 PLUS vol.14 “耐久レース”の可夢偉

 「フォーミュラで速くないと速く走れないと思います。速度域が違いますので。

 ダウンフォースが大きいクルマなので、そのダウンフォースをどう使うかも考えて走らないといけないし、エネルギーをうまく使いつつ、どう回収していくか考えなければならない。レースのときは遅いクルマを抜きながらそれをやる。なかなか難しいです」

 ’16年のWEC(世界耐久選手権)にフル参戦する小林可夢偉選手のコメントである。可夢偉は最上位カテゴリーであるLMP1クラスに参戦する、トヨタTS050ハイブリッドをドライブする。’13年には市販車ベースの車両で行うLMGTEクラスにフェラーリで参戦したが、速さは段違いだ。1周13.629kmのル・マンでは、ラップタイムが40秒も違う。最高速はLMGTEが300km/hを少し超える程度であるのに対し、LMP1は340km/hに達する。

 トヨタTS050ハイブリッドが搭載する2.4ℓ・V6ツインターボエンジンは500馬力を発生する。可夢偉が’15年から参戦するスーパーフォーミュラ(2ℓ・直4ターボ)は550馬力以上を発生しており、エンジンの馬力だけを比較すれば国内最高峰に位置するフォーミュラの方が上だ。だが、トヨタのWECマシンは前後合わせて500馬力を発生するモーターも搭載する。エンジンとモーターを合わせた最高出力は1,000馬力。「速度域が違う」というコメントにも素直にうなずける。

 モーターを動かす原理はプリウスなどの量産ハイブリッド車と同じで、減速時の運動エネルギーを電気エネルギーに変換してバッテリーに蓄えておき、後で使う。うまくエネルギーを蓄えないとアシストパワーを有効に使えないため、「うまく使いつつ、どう回収していくか」「なかなか難しい」というコメントにつながるわけだ。

 難しいから、徹底的に走り込んだ。

 「F1は予選一発の速さが成績表になりますが、WECはロングランの平均タイムで評価されます。予選はあまり関係なく、安定して1スティント(次の給油まで)走れることが重要。走行後にはチームからサマリーが渡されるのですが、それを見ると、どのドライバーが安定して速く走ったか、順位がひと目でわかる。ひとつのコーナーでちょっと損しただけで台無しになるほどシビアで、いい平均タイムを出すことがモチベーションになっています」

 耐久レースならではの走り方が求められているのだ。
「心配していたのですが、可夢偉は速い」
 そう語るのは、チーム首脳陣のひとり。

 「ロングランテストで一番速かったので、驚きました。しかも、安定して速かった。大きいのは、可夢偉が乗ることで他のドライバーがざわざわしていることです」

 可夢偉に負けられぬと、ドライバー全体のアベレージタイムが上がっているのだという。可夢偉効果現る、だ。

WEC開幕戦シルバーストンでは、小林可夢偉ら3名がドライブするトヨタ6号車が2位に入った。可夢偉にとれば、LMP1初参戦にして初表彰台であり、上々のスタート。ただし、優勝したアウディが車両規定違反で失格しての繰り上げ2位であり、リタイヤしたアウディの1台とポルシェの1台が完走していれば、トヨタに表彰台のチャンスはなかった。昨年に比べれば進化しているが、ポテンシャルを最大限引き出しているとはいえず、6月のル・マンに照準を合わせた煮詰めが必要だ。

Kota Sera

ライター&エディター。レースだけでなく、テクノロジー、マーケティング、旅の視点でF1を観察。技術と開発に携わるエンジニアに着目し、モータースポーツとクルマも俯瞰する。

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