深くハマるか、上手くバランスするか

 新しい情報を駆使して賢く立ち回ることが良しとされる現代、時代の潮流を読みトレンドに沿ったことをやる方が周囲の理解を得やすく自分も得した気分になれる。


しかしその後しばらくして虚しさを感じることはないだろうか。話題の新型よりも自分が好きな型遅れのクルマに拘ってみる。世間の評価を気にせずにサーキット専用のバイクを選んでみる。一生ものと呼べる一品を思い切って手に入れてみる。そして利益を無視して仕事に深くハマってみるというのもある。本当に納得できることが新しい情報の中にあるとは限らない。

年齢を重ねたことで似合ってくるもの

 一般男性は37歳から42歳ぐらいにかけて、最初の老いを感じるのだと何かに書いてあった。そう言われてみると思い当たるフシがなくもない。疲労回復のスピードが次第に遅くなっていることを実感しているし、視力の方もいよいよという感じになってきた。こうなると自然と守りの姿勢をとりはじめ、例えば高速道路を走るときのペースなどもずいぶんと落ちてくる。かつては「クルマ雑誌の業界でゴールド免許持ってる奴はモグリだ」なんてまことしやかに囁かれていたものだけれど、最近は自分も人生初(!)、みたいなことになっているのだから笑ってしまう。

 だがそれと同時に中年の入り口にさしかかったことで「ようやく上手い具合にハマってきたな」と思うことも出てきている。若い頃に手に入れた分不相応なモノの数々もそうだし、クルマではヒストリックカーとかアシにしているメルセデスといった、かつてだいぶ背伸びをして手に入れた持ち物たちの風格に、こちらの年齢が追いついてきたようにも感じている。

 引越しの日雇いアルバイトに精を出していた18歳の時、イギリスの高級靴チャーチを手に入れた。日給5,500円の若造が5万5,000円もする靴を買うという行為自体が分不相応なのだが、今になって考えてみれば実際にそれを履いた姿も甚だしく不釣り合いなものだったはずだ。だがあれから25年の歳月を経た今、見た目の違和感はほとんどなくなっていると思うし、革の色艶やフィット感も格段に向上している。分不相応に重ねた年月が、無駄ではなかったのだと思っている。

 昨今のメルセデスは顧客の若返りに必死で、実際に結果を出しはじめているのだけれど、そのブランドイメージが「タイソー」なものであることは今も昔も変わらない。だが20代から乗り続けて40代になってみると、案外それは高級とか風格といったキーワードで語られるものではなく、上質だけれどごく日常的なものなのだと気づかされる。これがロールスやアストンマーティンあたりだと、50代になってようやくハマりはじめるくらいの威厳の高さで、本当の意味でクルマとドライバーが符合するのは60代になり、髪の毛がすっかり白髪になってからということになる。

 誰もが憧れるような上質なクルマというのは、メルセデスが40代、ジャガーが50代、ロールスが60代という感じで、それを所有する側に一定の年齢や風格を要求する傾向にある。だが実体験から言うのだけれど、それを手に入れるタイミングについては、ハマるとか、ハマらないを気にするべきではない。背伸びしていることを重々承知したうえでできるだけ早くに手に入れて、相応しい風格をあなたが身に着けるその日まで、10年でも20年でも丁寧に使い続ければいいのだ。

 実際、40代になった今でも、チャーチの見た目が僕に完璧にハマっているとは思っていない。けれど、共に過ごしてきた25年間という歳月が自分に自信を与えてくれる。時間の経過はそのまま説得力につながるのである。だからこそイギリスの貴族は敢えてま新しい品を身に着けない。彼らが親の代から受け継いだ旧いモノを好むのはそのためだし、新しく誂えたスーツは自分と同じ体格の執事に着せて年季が入った頃に着はじめるのだという。擦れて薄くなってしまった肘の部分にパッチが当たった頃、である。そんな由来を信じるのであれば、最初っから肘にパッチが付いた吊るしのジャケットなどゆめゆめ買ってはいけないのである。

 自動車ブランドの中には今なお、ある年齢に達しないとハマらないものもあるが、持ち手とともに成熟していく1台も存在する。スポーツカーはその傾向が強く、ケーターハム・セブンなどは最たるものといえる。若者が乗っていても経済的な裏付けよりクルマ好きの魂の方がよほど強く感じられるし、歳をとるほどにハマり具合が絶妙に変化し続けて、白髪が交じった頃にまさに絶頂を迎える。それはまるで、4,000回転でパワーバンドに入り、5,500回転からカムに乗って、そして7,500のレヴリミット手前で鋭く吹け上がるレーシング・エンジンの如し、である。

 薄い朝靄がかかった平日の峠で、白髪のドライバーがセブンのコクピットに収まっている風景に出くわしたら、クルマ好きであれば強烈な嫉妬心を抱かずにはいられないだろう。それくらいヒトとクルマがハマった姿は美しく、しかし一朝一夕には完成しないのである。

 誰にだって、いつかはハマる瞬間がやってくる。ただその時に、憧れの何かを自分のモノにしている、ということが絶対条件となる。ハマりの境地を目指して分不相応な冒険をしてみようと思っているのなら、そのタイミングは今この瞬間なのである。

文・吉田拓生 写真・吉田拓生・長谷川徹(ロードスター&靴)
Takuo Yoshida
1972年生まれのモータリングライター。自動車雑誌「Car Magazine」編集部に12年在籍した後、フリーランスライターに。クルマ、ヨット、英国製品に関する文章を執筆。クルマは主に現代のスポーツカーをはじめ、1970年以前のヒストリックカー、ヴィンテージ、そしてレーシングカーのドライビングインプレッションを得意としている。

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