岡崎五朗のクルマでいきたい vol.76 VWトップとの会食

 この原稿を書いているのは東京モーターショーのプレスデー前夜。かつての勢いこそないものの、東京は依然として主要な国際モーターショーのひとつであり、この時期になると世界各国から多くのプレス関係者やメーカー関係者が集う。

 自動車関連としては史上最大級と言ってもいいスキャンダルを起こしたフォルクスワーゲン(以下、VW)も、同ブランドCEOに就任したばかりのDr.ヘルベルト・ディース氏を送り込んできた。彼の前職はBMWの開発担当役員。VWはメルセデスやオペルからも要職を受け入れていて、いまやオールドイツで立て直しを図っている格好だ。

 日本のジャーナリストと胸襟を開いて話し合いたいという彼の意向を受け、実はついさっきまでそのディース氏と夕食をともにしていた。技術論から企業論にいたるまで、さまざまな話題が飛び出す非常に濃いやりとりだった。

 技術的なことはすでに報道されている通り。僕がいちばん知りたかったのは、なぜVWのような技術志向の強い真面目なメーカーが今回のようなことをしてしまったのかということだった。東芝はトップによる達成不可能な目標設定がきっかけで不正会計処理に手を染めてしまった。VWにもトップの命令は絶対という企業文化があるのか?

 「VWの指揮命令系統が他社と比べて際立って厳しいとは思いませんが、あなたが抱いている疑問にも原因の一端があったのかもしれません。どの企業も高い目標を設定し、それが経営の原動力になっています。ただ、経営者は目標が達成可能なものかどうかを常に正しく判断しなければならなりません」

 真相は今後、司法の場や社内の特別調査委員会によって明らかにされていく。問題は今後のVWの在り方だ。ここにすべてのやりとりを記すことはできないが、EVやPHVといった電動化推進もそのうちのひとつ。しかしいちばん印象に残ったのは「お客様の信頼を回復するためにはなんでもやる覚悟があります」というストレートな言葉だった。ブランド再建を託すのに相応しい、率直で誠実な人物だなと思った。これから険しい道のりが続くことになるが、VWは必ず復活するだろう。


DAIHATSU CAST
ダイハツ キャスト

3つの世界観から選べる立体的なデザインの軽

 「個性的、かつ質の高い商品をご提供できたと考えています」 そう胸を張るのはキャストの開発者。たしかにキャストはとても立派な軽自動車だ。ダッシュボード周りには金属調のパーツが効果的に使われ、立体的な造形と相まって重厚な雰囲気を醸し出しているし、装備レベルも高い。エクステリアでは丸目や立派なグリルに目が行きがちだが、僕がいちばん感心したのは「面質」だ。面質とは読んで字のごとく面の質のこと。写真でも軽自動車にありがちなペナペナ感がないことは伝わると思うが、実車を見ると厚み感や重厚感すら感じさせる。ボディパネルは真っ平らな鉄板をプレスして成型するのだが、軽自動車の場合、車幅が1475㎜以内に制限されているため、抑揚をつける余地がほとんどない。結果として平板な造形になってしまう場合が多い。しかしキャストの造形は軽自動車とは思えない立体感をもっている。とりわけ感心したのがフロントフェンダー周りとショルダーライン。ハイライトとシャドウをくっきりと刻み込むことで、実際の寸法以上の立体感を実現した。厳しい制約のなか、ダイハツのデザイナーは見事な仕事をしてみせた。

 試乗したのは「アクティバ」のターボ4WDと「スタイル」の自然吸気FF(「スポーツ」の発売は約1ヵ月遅れ)。当然ながらターボエンジンを積むアクティバの動力性能は余裕たっぷりで、乗車人数や路面勾配にかかわらず常に思い通りの加速が得られる。フットワークに関しては、アクティバの軽自動車離れした質の高い乗り心地と、安心感溢れる接地感に驚いた。一方のスタイルは関節が硬く、ステアリングにも落ち着きがない。街中での1~2人乗車であればそこそこ軽快に走ってくれる、程度にとどまる。

 この違いのほとんどはタイヤサイズが原因とのこと。スタイルに関しては、アクティバと同等のドライブフィールを目指しタイヤの再チューニングを進める必要がありそうだ。

1車種ながら、それぞれ世界観が全く異なる「アクティバ」「スタイル」「スポーツ」という3つのバリエーションを同時に開発した。アクティバは、クロスオーバーテイストのデザインに加え、他の2台より最低地上高を30㎜高くし、雪道や山道での走破性をアップ。一方でスタイルは都会的な上質感を纏い、スポーツは専用サスチューニングを施すなど、各キャラクターが際立つ仕上がりとなった。

ダイハツ キャスト

車両本体価格:1,414,800円(アクティバ G“SAⅡ”/2WD、税込)
全長×全幅×全高(mm):3,395×1,475×1,630
車両重量:840kg 定員:4人
エンジン:水冷直列3気筒12バルブDOHC横置
総排気量:658cc
最高出力:38kW(52ps)/6,800rpm
最大トルク:60Nm(6.1kgm)/5,200rpm
JC08モード燃費:30.0km/ℓ 駆動方式:前輪駆動

FIAT 500X
フィアット 500X

家族向けに最適サイズのチンクエチェントのSUV

 フィアット500といえば、チンクェチェントの愛称で親しまれるイタリアの名車。クルマに詳しくない人も、ルパン三世の愛車といえばピンとくるはずだ。現在販売されているのは、初代の面影を現代の技術で甦らせたモデルだが、そこに新たに加わったのが500Xである。ボディサイズは全長4250㎜、全幅1795㎜。全体的には手頃な大きさだが、500と比べるとかなり大きい。ミニ・クロスオーバーが「ミニなのに大きすぎる」と言われたのと同じく、「こんな大きなクルマはチンクェチェントじゃない」という声が聞こえてきそうだ。

 しかし、ファミリーユースに500はちょっと小さすぎる。そういう意味で、チンクェチェントの世界観と万能性の両方が一度に手に入るのが500Xのまずは大きなアピールポイントとなるだろう。

 特徴的な顔つきと、丸みを帯びたフォルムは、チンクェチェントファミリーの一員であることを明確に伝えてくるが、実はこのクルマ、先にデビューしたジープ・レネゲードと同じプラットフォームを使い、同じ工場で生産されている。そう言われて外観を眺めると、かすかにSUVテイストが漂っていることに気付くはずだ。レネゲードと比べるとオフロード性能は控え目だが、FFだけでなく4WDも用意しているし、大きなタイヤと余裕の最低地上高のおかげでそこそこの悪路なら余裕でこなせる。

 しかし、僕がおすすめするのはFFモデルだ。もちろん、積雪地域に住んでいるなら4WDがいいが、そうでないなら価格が安く燃費もいいFFモデルをカジュアルに乗りこなすのが500Xには向いていると思う。逆にレネゲードを買うなら、ジープの名に恥じない悪路走破性をもつ4WDがベストだ。このクラスのベンチマークであるゴルフと比べると乗り心地や静粛性には改善の余地があるが、全体に漂う遊び心やポップな雰囲気は500Xならではの魅力だ。

2008年に国内で500がデビューして以降、“500ファミリー”初となる新モデル。四輪駆動/9速ATという選択肢も、フィアット・ブランドとしては初の試みとなる。価格は、国内における輸入車で、四輪駆動SUVモデルとしては最廉価だという(500Xの四輪駆動は¥3,348,000-税込)。エクステリアには、現行500と’50年代のクラシックな500双方のデザイン要素を採用した。

フィアット 500X

車両本体価格:2,862,000円(Pop Star/2WD、税込)
全長×全幅×全高(mm):4,250×1,795×1,610
車両重量:1,380kg 定員:5人
エンジン:直列4気筒 マルチエア16バルブ インタークーラー付ターボ 総排気量:1,368cc
最高出力:103kW(140ps)/5,000rpm
最大トルク:230Nm(23.5kgm)/1,750rpm
JC08モード燃費:15.0km/ℓ 駆動方式:前輪駆動

AUDI A3 SPORTBACK E-TRON
アウディ A3 Sportback e-tron

日常的にEV走行できるアウディ初のPHV

 プリウスPHVが失敗に終わったため日本勢ではアウトランダーPHEVが一人気を吐いているプラグインハイブリッドだが、ドイツ勢を中心とする海外メーカーはこのところPHVに本気で力を入れてきている。

 アウディA3 は、アウディとしては初のPHVだ。1.4ℓ直4ガソリンターボにモーターとバッテリーと外部充電機能を組み合わせることで、52.8㎞(JC08モード)のEV走行を実現。もちろん、エンジンを始動すればさらに航続距離を伸ばすことが可能だ。

 試乗してみて感じたのは、これなら日常的にはほぼEVとして運用できるなということ。急加速をしたり空調を使ったりしても実質30~40㎞程度ならEV走行できるし、そのときの最高速度も130㎞/hと十分なレベル。なにより嬉しいのは、EVだと冷や冷やしてしまうような残り航続距離が表示されても、PHVならドンと構えていられることだ。ガソリンさえ入っていればバッテリーを最後まで使い切っても何ら問題ない。だから航続距離をめいっぱい使って積極的にEV走行ができるのである。

 EV走行時のパワーフィールは爽快だ。発進時を含め、街中の流れに付いていくのは朝飯前。その気になれば周囲の流れをリードすることもできる。追い越しや流入などで鋭い加速が必要になった場合は、アクセルをめいっぱい踏み込むだけでエンジンが自動的に始動して刺激的な加速が始まる。走行モードをハイブリッドオートにセットすれば、エンジンが稼働する範囲がさらに拡がり、ハイブリッドチャージモードを選択すればエンジンを始動し、走行中でもバッテリーを積極的にチャージする。

 問題は補助金込みでも500万円を超える価格。もう少し安くなってきたらPHVに注目する人はさらに多くなるだろう。このあたりは今後のメーカーの努力に期待したい。

充電口は、フロントのシングルフレームグリル内に設置。家庭用200V電源から、最大約3時間で充電が完了する。メーターパネル左側のパワーメーターでは、全体の出力と充電を含めた現在の状況を確認できるほか、e-tron専用サービスとして、バッテリーの充電レベルやEVモードでの航続可能距離といった情報を、クルマから離れていても確認できるサービスが提供される。国内では年内に販売開始予定。

アウディ A3 Sportback e-tron

車両本体価格:5,640,000円(2WD、税込)
全長×全幅×全高(mm):4,330×1,785×1,465
車両重量:1,570kg 定員:5人
エンジン:直列4気筒DOHCインタークーラー付ターボチャージャー
【エンジン】最高出力:110kW(150ps)/5,000-6,000rpm
最大トルク:250Nm(25.5kgm)/1,500-3,500rpm
【電動機】定格出力/最高出力:55kW(75ps)/80kW(109ps)
最大トルク:330Nm(33.7kgm)
JC08モードハイブリッド燃費:23.3km/ℓ 駆動方式:前輪駆動

TESLA MODEL S P85D
テスラ モデルS P85D

テスラ・モデルSの最強版デュアルモーター4WD登場

 2013年に日本で発売されたテスラ・モデルSに僕は大きな衝撃を受けた。EVであること以上に衝撃的だったのがクルマとしての価値だ。クルマは典型的なすり合わせ商品であり、ノウハウをもたない新興メーカーがマトモな商品を作れるわけがない。そんな世間の常識を、モデルSはものの見事に打ち破った。スポーツカー並みの加速性能と高級車並みの静粛性に加え、デザインやハンドリング、乗り心地面でもモデルSの完成度は高く、なおかつEVの泣き所である航続距離に関しても、一充電500㎞という快挙を成し遂げた。そして何より、そういった様々な魅力が多くの人のハートを捉え、商業的にも成功を収めたのがテスラの偉業である。

 そんなモデルSの魅力をさらに大幅に高めたモデルが登場した。従来の後輪モーターに加え、前輪用モーターを搭載した高性能4WDモデルのP85Dだ。Dはデュアルモーターの意。3.3秒という0-100㎞/h加速は日産GT-Rにはわずかに及ばないが、踏み込んだ瞬間にドンッ! と弾けるように加速するため、体感的にはもっと速く感じる。富士急ハイランドのドドンパみたい…と言えば、乗ったことのある人は想像が付くだろう。加速性能といい雪路走破性といい、後輪駆動モデルとの違いは歴然であり、約60万円の価格アップとフロント側トランクの容量半減を差し引いても、モデルSを買うなら絶対にデュアルモーターがおすすめである。

 速さだけでなく、太くフラットなトルクと、無音&ウルトラスムーズなモーターが生みだす高級サルーンのような優雅な振る舞いもモデルSの魅力。試乗車はオプションの21インチを履いていたが乗り心地も極上だった。この速さ、この優雅さを一度味わうと病みつきになる。自動車メーカー以外にはクルマは作れない? EVはつまらない? そんなこといったい誰が言ったんだ!? というのが、モデルSに試乗した僕の偽らざる気持ちだ。

世界で初めて電気自動車としてゼロから製造されたプレミアムセダン・モデルSの最強バージョン。モデルS P85Dは、初期のモデルSよりパフォーマンスがアップしたのはもちろんのこと、自動ブレーキや前車追随型クルーズコントロール(ACC)といった安全装備も搭載された。テスラ青山及びテスラ心斎橋では試乗予約を受け付けており、P85Dの加速性能を体験することができる。

テスラ モデルS P85D

車両本体価格:13,690,000円(税込)
全長×全幅×全高(mm):4,970×1,954×1,440
車両重量:2,190kg 定員:5人
最大航続距離(NEDC):491km
0-100km/h:3.3秒 最高速度:250km/h
モータートルク:997Nm
最高出力(フロント/リヤ):193kW/375kW
最大トルク(フロント/リヤ):330Nm/330Nm
駆動方式:AWD

文・岡崎五朗

Goro Okazaki

1966年生まれ。モータージャーナリスト。青山学院大学理工学部に在学中から執筆活動を開始し、数多くの雑誌やウェブサイト『Carview』などで活躍中。現在、テレビ神奈川にて自動車情報番組 『クルマでいこう!』に出演中。

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