アヴァンギャルドの象徴 DSブランドの独立

 5月末の週末、パリをDSが埋め尽くした。DS生誕60周年を記念したこのイベントにはヨーロッパ各国から600台ものDSが集まり、オーナーたちはパリ郊外のサーキットからシャンゼリゼ通りを経てコンコルド広場までのパレードランを楽しんだ。愛してやまないDSの生まれ故郷を同好の士と走るのはさぞかしいい気分だったろう。

 1955年から1975年まで生産されたシトロエンDSは、あらゆる意味で時代を超えた存在だ。登場から60年たったいまなお、宇宙船のようなデザインはまったく古びていない。それどころか、これほど先鋭的なデザインは他にないとすら思える。まるで生き物のように振る舞うハイドロニューマチックサスペンションにもファンは多い。DSは「10年先のクルマをつくって20年売った」と言われたが、僕からすればそれどころの話じゃない。DSは現代においてもきわめてアヴァンギャルド=先鋭的な存在だ。人並み外れたクリエイティビティがあれば、アヴァンギャルドは時の流れすら超越できることをDSは見事に証明した。ジョルジェット・ジウジアーロ、ワルター・デ・シルバという自動車デザイン界の巨匠が揃ってDSを「もっとも影響を受けたクルマ」と評したのは決して偶然ではない。

 そんな奇跡のクルマの精神を現代に復活させようという試みが、シトロエンが2009年から展開しているDSラインだ。最近まで僕の愛車だったDS3を皮切りに、DS4、DS5という3つのラインアップを用意。シトロエンC3/C4/C5と比べると、より個性的な外観と、上質なインテリアに仕上げているのが特徴となる。なかでも「オートクチュールの質感を手に入る価格で」というコンセプトを掲げたDS5は、セダンでもクーペでもハッチバックでもステーションワゴンでもないきわめて独創的な外観と、贅を尽くしたインテリアの持ち主。現段階ではマーケットにおいてそこまで強い存在感を発揮していないものの、フランス流の洗練をとことん追求したDS5は、知る人ぞ知るお洒落グルマとして独自の地位を築いている。

 実は、DS生誕60周年を機に、シトロエンはDSを独立したブランドとして独り立ちさせる。これで、PSAグループには「プジョー」「シトロエン」「DS」という3つのブランドが揃うことになる。当然、デザインや開発もシトロエンから分離され、今後はDS専売ディーラーも徐々に増やしていくという。

 これにより、プジョーはフォルクスワーゲンと正面から対抗する主流派、シトロエンは個性的な実用車を訴求するモダンなブランド、DSはフレンチタッチを追求するプレミアムブランドという明確な役割分担が実現されることになる。

 ’76年にプジョーに実質的な吸収合併されて以来、シトロエンは徐々にシトロエンらしさを失っていた。プジョーとのプラットフォーム共有化や、ハイドロニューマチックサスペンションの廃止などはその一例だ。そんななか飛び出したDSブランドの独立は、シトロエンらしさの復活を待ち望んでいたPSAグループ内シトロエン派の悲願だったのではないだろうか。プジョー派が主流を占めるPSA首脳陣も、プレミアムブランドの構築を望んでいた。そう、シトロエンらしさの復活を願う作り手と、より収益性の高いビジネスを求める経営者側の利害が一致し、生まれたのが新生DSなのである。

 その第一弾となるビッグマイナーチェンジを受けたDS5にはどこにもシトロエンと書いていない。サスペンションも通常タイプながら、ザックス社製高性能ダンパーの採用によりハイドロニューマチック的なゆったりした乗り心地を実現した。現段階でハイドロニューマチックサスペンションの復活計画はないとのことだが、現場のエンジニアは「将来的にはそれも選択肢のひとつ」というコメントをくれた。2020年までに6車種の投入を計画しているという新生DS。ドイツ車とは一線を画すフレンチプレミアムの今後に要注目だ。

当時としては前衛的な「ハイドロニューマチックシステム」と、宇宙船のような外観が特徴の初代DSシリーズは、フランス大統領をはじめとした政府の公用車としても活躍した。現代に蘇ったニューDSシリーズも先代同様、気品と派手過ぎない高級感を併せ持っている。このDS5は、スポーツクーペのダイナミズム、サルーンの快適性、シューティングブレイクの機能性が融合しながらもDSらしさを失っていない。
文・岡崎五朗

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