岡崎五朗のクルマでいきたい vol.68 参戦する理由

 今年、ホンダが7年ぶりにF1に復帰する。しかもタッグを組むのはマクラーレン。マクラーレン+ホンダの黄金コンビは23年ぶりの復活だ。

 ホンダF1復帰の後押しになったといわれているのが2.4ℓV8から1.6ℓV6直噴ターボへのレギュレーション変更だ。ダウンサイジング直噴ターボはまさに旬の技術。加えて、ERS(エネルギー回生装置)もハイブリッドの一種と言える。つまり、F1という世界最高峰の舞台で戦うことにより、市販車にも応用できる技術に磨きをかける。さらに言えば、F1参戦によってブランドイメージは向上し、販売増も期待できる、というシナリオである。

 間違ってはいない。しかし、本田宗一郎が「レースは走る実験室である」と語った時代とは違い、現代のF1用エンジンは高度に専門化されているため、市販車用エンジンへフィードバックできる度合いはかつてほど大きくはないのも現実だ。事実、F1に参加していないメーカーにだっていくらでもいいエンジンはあるし、ブランドイメージにしても、スポーツカーメーカーのフェラーリならまだしも、ルノーやメルセデスがF1で勝ったが故に売れに売れたなんて話は聞いたことがない。冷静に考えれば、F1の費用対効果には大いに疑問符が付くのだ。

 ならばなぜ巨費を投じてわざわざF1に参加するのか? そこが重要なポイントだ。ホンダはF1をやりたい。純粋に。だから参戦するのだ。技術のフィードバックやらブランドイメージの向上やら販売増やらは「F1なんて道楽に人とカネを使うのはけしからん」と考えている社内抵抗勢力や、株価や配当のことしか考えていない投資家を説得するためのもっともらしい方便のようなものである。

 誤解がないようにいっておくと、だからF1に参戦するなんて意味がないと言ってるわけじゃない。むしろ逆で、世界最高峰の場で戦いたいという強い強い想いの発露は、自動車メーカーにとって宝のようなものだと思う。マクラーレン・ホンダの活躍もさることながら、今年登場する予定のS660、NSX、シビックタイプRという3台のホンダ製スポーツカーにも大いに期待している。


TOYOTA ALPHARD
トヨタ アルファード

“高級感”イメージに追いついた乗り心地

 アルファードといえば、国内では敵なしの高級ミニバンである。正確に言えば「キングオブミニバン」を標榜する日産エルグランドがライバルとして存在するけれど、販売面では兄弟車のヴェルファイアと合わせて一人勝ちの状況。政治家や企業のトップ、芸能人といったVIPに好んで使われているのも、アルファードの高級車としての「格」を高めている理由のひとつだ。

 その一方で、専門家の視点から見ると、乗っているVIPが気の毒だなぁ、というのが正直な気持ちだった。ガツンドシンという質の低い乗り心地や、路面の凹凸を拾ってブルつくシートバック、一見豪華に見えるが実は安手のインテリアなど、いろいろな弱点があった。僕としてはエルグランドのほうがずっと高級だと思っていた。それでも売れていたのは、押し出しの強いメッキグリルをはじめとする「わかりやすい高級感」の効果だろう。

 そこのところはトヨタもよくわかっていて、新型には先代以上に大きく派手なメッキグリルを付けてきた。勢い余ってレクサスのスピンドルグリル風になってしまったのはご愛敬か? いやそれでは済まされないよね、というレクサス担当者の不満が聞こえてきそうだ。

 懸案だった乗り心地については大幅改善された。不満だった静粛性も、クラウンとまではいかないけれど、ミニバンとしてはかなり優秀。これでタイヤノイズをもう1レベル抑えられれば「目指したのは高級サルーン」というコンセプトはより説得力を持つ。

 乗り心地の進化と相まってセカンドシートの快適性は大幅に向上した。なかでも「エグゼクティブラウンジ仕様」のシートはビジネスクラス並み。スゴい。ただしダッシュボードやドアトリムのハードプラスティック仕上げはどう考えても700万円という価格に見合わない。仮に僕が買うなら300万円台で買える2.5ℓ仕様を選ぶ。

リヤの足回りには、新開発のダブルウィッシュボーンサスペンションを採用。ボディ剛性の強化と相まり、上質な乗り心地と優れた操縦安定性を実現した。加えて振動・防音対策や車両形状を追求し、心地よい静粛性を達成した。また、後席重視の新グレード「Executive Lounge」ではシート幅を約100㎜拡大し、広くゆったりとした専用シートを採用している。

トヨタ アルファード

車両本体価格:3,197,782円(X・2.5ℓ/2WD・8人乗り、税込)
*北海道、沖縄地区を除く
全長×全幅×全高(mm):4,915×1,850×1,880
車両重量:1,920kg 定員:8人 エンジン:直列4気筒DOHC
総排気量:2,493cc 最高出力:134kW(182ps)/6,000rpm
最大トルク:235Nm(24.0kgm)/4,100rpm
JC08モード燃費:11.6km/ℓ 駆動方式:前輪駆動

HONDA JADE
ホンダ ジェイド

期待を上回る乗り味のフィットベースの3列車

 クルマは乗ってみなきゃわからない。そんな当たり前の事実を改めて実感させてくれたのがジェイドだ。2013年に中国で先行発売されたフィットベースの3列シート車という事前情報から、実のところジェイドにはさほど期待はしていなかった。それどころか、中国向けのクルマを1年半遅れで売るなんて…というのが正直な気持ちだった。

 ところが、乗り込んでドアを閉めた瞬間に「ん?」と感じ、走りだして10メートルで「んん??」となり、1時間の試乗を終える頃には「ホンダ車のなかでベストの乗り味をもつモデルだ」という確信を得ていた。

 ジェイドとはそんなクルマだ。

 もう少し詳しく説明しよう。ドアを閉めたときに感じたのは、しんと静まりかえる外界との隔絶感の高さ。聞くと、サイドウィンドウの厚さを大幅に増し、ドアのシール性も高めたという。ガラスを厚くすると重くなるためパワーウィンドウのモーターも大トルクタイプに変えている。クッションストロークをたっぷりとったシートの座り心地も上々だ。とくにファブリックシートの出来がいい。本革シートは、少なくとも新品に近い状態だと表皮の張りが邪魔をしてせっかくのストローク感が少なめに感じた。

 発進すると、歩くような速度でも足がスムーズに動いているのが伝わってくる。まるでよくできた欧州車のようだ。この味を出すためにボディ剛性を徹底的に高めたという。オデッセイと同じラックアシストタイプのパワーステアリングは、コラムアシストタイプのフィットとは別次元のスムーズさ。専用設計した前後サスペンションも素晴らしい出来映えで、コーナーでも高速道路でも気持ちのいい安心感を与えてくれる。

 結局、フィットと同じなのは1.5ℓハイブリッドのパワートレーンぐらいのもの。価格は高くなったが、乗ってみればそれだけの価値はあると思わせてくれること請け合いだ。

ジェイドは、セダン並みのスタイリングに、ミニバンクラスの居住性とユーティリティーを併せ持つ、6人乗りの乗用車。プラットフォームのコンパクト化により、多くの立体駐車場に対応できるほどの低全高ながら、ゆとりのあるキャビンスペースを確保している。3列シートの室内は、セダン同等のドライビングポジションの1列目、快適な前方視界が得られる新しいシートスライド機構を備えた2列目、多彩にアレンジできる3列目となっている。

ホンダ ジェイド

車両本体価格:2,920,000円(HYBRID X、税込)
全長×全幅×全高(mm):4,650×1,775×1,530 車両重量:1,510kg
定員:6人 エンジン:水冷直列4気筒横置 総排気量:1,496cc
【エンジン】最高出力:96kW(131ps)/6,600rpm
最大トルク:155Nm(15.8kgm)/4,600rpm
【モーター】最高出力:22kW(29.5ps)/1,313-2,000rpm
最大トルク:160Nm(16.3kgm)/0-1,313rpm
JC08モード燃費:24.2km/ℓ 駆動方式:前輪駆動

AUDI S1
アウディ S1

拍手をもって迎えられたMTのみのスポーツ仕様車

 アウディには3つの商品ラインがある。基本となる「A」。スポーツ仕様の「S」。超高性能仕様の「RS」。その後ろに車格を表す数字を付けて車名。スポーツカーの「R8」と「TT」以外は、すべてこのセオリーに従っている。

 ところが、コンパクトモデルのA1にだけは、RSもSもなかった。理由を聞くと、A1のシャシーはクワトロ(4WD)システムの搭載を前提に設計されていなかったためだという。クワトロではないFFモデルにSのネーミングを与えるのをアウディは嫌ったのだ。

 しかし、試験的に2013年に限定生産(日本未導入)したA1クワトロが人気を博したため、アウディはS1の量産を決断。燃料タンクの移設、フロア構造の変更、リヤサスペンション形式の変更といった大手術の末、S1が生みだされた。小さいエンジンルームに大きな2ℓエンジンを押し込んでいる関係でSトロニック(DCT)も採用できなかったが、MTのみという設定は、日本でも一部のクルマ好き、運転好きに拍手をもって迎え入れられた。410万円(5ドアは430万円)という、ゴルフならGTIが余裕で買えてしまう価格にもかかわらず、半年間ものバックオーダーを抱えているのだ。

 S1の他にアウディでMTを選べるのは約2,000万円のR8のみ。他社だが、たとえばVWにいたってはいまだMTモデルの設定すらない。売れ筋さえ押さえておけば一部のクルマ好きなど相手にしなくていい、と考えているのだろうが、長い目でみた場合、クルマ好きが離れていってしまうのはブランドにとって間違いなく打撃になる。S1の場合、Sトロニックの設定が本国にもなかったという事情があったにせよ、MTが入ったのは朗報だ。S1で箱根を走ったが、足もエンジンも駆動系も抜群の完成度であり、操る楽しさを満喫できたと報告しておこう。

1980年代に、当時の世界ラリー選手権(WRC)を席巻し、後に伝説となったラリーマシン「Audi S1」の名が、ホットハッチとして復活した。全長4mに満たないボディに、先進的で力強いデザインと機敏な運動性能、高い環境性能を凝縮。サスペンションも全面改良し、自然なコーナリング特性へと生まれ変わった。写真の「S1 Sportback」も同時に発売されている。

アウディ S1

車両本体価格:4,100,000円(S1、税込)
全長×全幅×全高(mm):3,990×1,740×1,425 定員:4人
エンジン:直列4気筒DOHCインタークーラー付
ターボチャージャー
総排気量:1,984cc
最高出力:170kW(231ps)/6,000rpm
最大トルク:370Nm(37.8kgm)/1,600-3,000rpm
JC08モード燃費:14.4km/ℓ 駆動方式:フルタイム4WD

FERRARI F12BERLINETTA
フェラーリ F12ベルリネッタ

世界最高峰が放つ最新鋭の工芸品

 ワイン、時計、靴、鞄・・・・いわゆる高級ブランド品と呼ばれるものの価格はおしなべて高い。なおかつそれが、世界最高峰の名品といわれるものであれば、目が飛び出るほどの対価を支払わないと手に入らないというのが世間の常識だ。自動車の世界で言えば、ロールス・ロイスやフェラーリなどがそれに当てはまるわけだが、フェラーリとロールスの違いは、新技術導入に対する貪欲さだ。

 モータースポーツをするために市販車を売っていると言われるほど、フェラーリとモータースポーツ、とりわけF1は切っても切れない関係にある。言うまでもなく、サーキットでライバルに勝つためにはたゆまぬ技術改良が必要不可欠だ。そして、フェラーリの市販車には常にモータースポーツで得た最新技術がフィードバックされるのだ。

 F12ベルリネッタが搭載するエンジンは、6.3ℓV12。自然吸気でありながら740ps!を発揮する。この途方もないパワーもさることながら、それ以上に素晴らしいのがフィーリングだ。街乗りでもぐずることはないものの、回転を上げれば上げるほどに粒が揃っていく様子こそフェラーリ製エンジンの真骨頂。度肝を抜くような加速と、管楽器のような甲高いサウンドと、ピッと芯の通った回転フィールが魂を揺さぶる。これほどの高性能エンジンでありながら、どこにも刺々しい部分がなく、むしろ精密感や、ある種の滑らかさすら感じさせるのが超一流品の証だ。

 魅惑的なスタイリング、上質なレザーをふんだんに使ったインテリア、F1を連想させる多機能ステアリングホイールなど、そこには「道具を工芸品に昇華させる」というクラフトマンシップが色濃く息づいている。と同時に、最新鋭の技術を惜しみなく注ぎ込んだクルマだけがもつ高度でモダンなドライビングプレジャーがドライバーを途方もない興奮のるつぼへと誘う。この唯一無二の存在を手に入れるための対価は3,730万円である。

F12ベルリネッタは、新世代V型12気筒エンジンを搭載したフェラーリのフラッグシップモデル。その究極のパフォーマンスに適合するよう、伝統のトランスアクスル・レイアウトを刷新。従来のV12クーペに比べ全長・全幅・全高ともにサイズダウンし、重心の低い車両に仕上げられた。美しいボディデザインは、フェラーリ・スタイリング・センターとピニンファリーナのコラボによるもの。

フェラーリ F12ベルリネッタ

車両本体価格:37,300,000円(税込)
全長×全幅×全高(mm):4,618×1,942×1,273
定員:2人 車両重量:1,525kg 
エンジン:65°V型12気筒 総排気量:6,262cc 
最高出力:545kW(740CV)/8,250rpm
最大トルク:690Nm/6,000rpm 
最高速度:340km/h以上

文・岡崎五朗

Goro Okazaki

1966年生まれ。モータージャーナリスト。青山学院大学理工学部に在学中から執筆活動を開始し、数多くの雑誌やウェブサイト『Carview』などで活躍中。現在、テレビ神奈川にて自動車情報番組 『クルマでいこう!』に出演中。

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