おしゃべりなクルマたち Vol.74 たかがつまみ、されど…

 がさつな扱いがいけなかったのだろう。ボリュームを上げたり下げたり、ぐるぐる左右に回していたら、愛車パンダのラジオのつまみがある日、ぽろっと落ちてしまった。なんてこと! シートに転がったそれを拾い、くるくる回してから、そろそろっと手を外したが、待ってましたとばかりにまた同じ場所に転がった。

 ウチに戻ってから虫眼鏡で落ちたつまみを調べたら中心に小さな穴が見える。かわってつまみを失ったラジオ側には細い棒が残る。その棒の先が例の小さな穴に接着していたようで、だからぐるぐる回しても落ちたのであろう。早速、強力な接着剤を使って修繕を試みたが、まったくダメ、くっつかない。これまでの乱暴な扱いが災いして、外れたつまみのプラスチックが広がっているらしい。

 丸いそれを手の中で転がしながら私は考えた。このつまみはボリュームのみならず、ラジオのオンオフも兼用している。しかしながらラジオを点けるのも消すのも、ボリュームを上げるのも下げるのも、むき出しの棒を掴めばいいはずだ。だって鍵は棒が握っているのだから。実際、試してみたらまったく問題なかった。だったら、こんなもん、いらないではないか。というわけで落ちたソレは捨てることにした。バイバーイ。いろいろありがとね。

 ところが。 “剥き出し”に慣れるはずがちっとも慣れない。些細な部品なのにダッシュボードの真ん中にあるせいか、はたまた素材のせいか、全体との調和が悪く、異様に目立つ。クルマが突然、老けた感じ。これには驚いた。自分は繊細な人間だった、とも思ったけど。

 繊細な人間はしかし、落ちたつまみをすでに捨ててしまった。アレがあればなんとかなったかも知れない、ことは忘れることにして、まずインターネットで探してみた。パンダのラジオのつまみと打ち込んだが、目当てのモノはフランスでも備品に強いイタリアでも出てこない。以前、グローブボックスをこのやり方で見つけたことがあったから、今回も、と軽く考えていただけにがっかりした。が、すぐに立ち直り、代理店と部品屋に電話を掛ける。事情を詳しく、自分の心情まで説明したが、両方ともに唸られてこれにはもっとがっかりした。ラジオを全て交換するならともかく「つまみだけ必要なんですかあ。こんな話、聞いたことない」この世に私と同じ悩みを持つヒトはいないのか !?

 解体業者の元にいるパンダを見つけてつまみを譲ってもらう手も考えたが、コレがくっつく保証はないし、なによりうまい具合に廃車を待つパンダに出会うことの方が難しそうだった。最後の手段、東急ハンズのような店で厚い木を丸く切ってもらい、中に穴をあけ、塗装して接着チャレンジに挑んだが、まったくの無駄であった。2日、保ったが、3日目にポロンと落ちて転がった。

 私はこれまでクルマは足と割り切ってきた。車内にゴミを残さないこととドアをバタンと荒く閉めないことさえ守れば他はどうでもいいですと豪語してきたのだ。ところがつまみひとつに今はうろたえている。なんてことだろう。

文・松本 葉
イラスト・武政 諒
提供・ピアッジオ グループ ジャパン

Yo Matsumoto

コラムニスト。鎌倉生まれ鎌倉育ち。『NAVI』(二玄社)の編集者を経て、80年代の終わりに、単身イタリアへ渡る。イタリア在住中に、クルマのデザイナーであるご主人と出会い、現在は南仏で、一男一女の子育てと執筆活動に勤しんでいる。著書:『愛しのティーナ』『どこにいたってフツウの生活』(二玄社)など。

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