1台のクルマと永くつき合う

 クルマを生活の道具として考えた場合、整備や修理を繰り返して乗り続けるよりも、そのクルマと適度な時間を過ごした後、価値が下がらないうちに新型車に乗り換えて行く方が賢いように思える。しかしクルマは、家電や携帯電話ではない。機能やスタイルが新しくなったからといって、全てが自分にとって相性の良いものになっているとは限らないし、進化とは何かを失うことでもあるのだ。周りの目や、その時点での損得の数字に惑わされず、これからのクルマとの付き合い方を真剣に考えてみよう。

僕のアルファの隠れた魅力

 ブレーキが鳴く。交差点で停まると信号待ちの女子高生が鞄を落として耳を塞ぐほど、喧しく鳴く。なぜか。中古のレース用ブレーキパッドを組んだからだ。パッドはもちろんディスクも交換推奨期に差し掛かり、といって在庫がその辺に転がってるような車種でもない。パーツの手配を含めた準備が整うまでの暫定措置である。が、効きはいい。ブレンボのシステムにレーシングパッドなのだ。それこそ、つんのめるような勢いで効く。制動力調整もしやすい。不具合はないのだ。激しく鳴くことさえ除けば。

 そんなわけで僕のアルファ・ロメオ166は、今、そうそう乗って出る気にはなれないクルマになってしまっている。うーむ……。

 僕がアルファ166と暮らし始めて3年目に突入した。こんな筋書きは予定してなかった。好きなクルマだったのは確かだが、同じアルファながら違うスポーツカーを探していたこともあって、半年程度の間に合わせのつもりだったのだ。なのに、いまだに乗り続けてる。その間、運転席側の窓がガゴンと落ち、ワイパーが職務を放棄し、シフトのセレクターレバーのブーツを留めるパーツが欠け落ち、エンジン下部のアンダーカバーが垂れて路面を叩き、リア右の窓が下がったまま力尽き、新しかったバッテリーが充電不能に陥り、オーディオは無口になり、ドライブシャフトブーツが破れ……あと何だっけ? とにかく、そして今回のブレーキ、である。激安の中古車だったが、維持に要した費用は購入金額を遥かに超えた。でも、乗り続けてる。この先も〝名車〟と呼ばれる誉とはおそらく無縁で、それどころか車齢15歳近くの古い常用輸入車らしくこれから各部がボコボコと逝く可能性だって待ち受けているというのに、まだしばらくは付き合っていくんじゃないか? という予感さえしている。

 これまで何度となく別のクルマへの乗り換えを考えて、いいチャンスだって何度か巡ってきたが、僕はなぜこのクルマを手放す気になれなかったのだろう? と軽く悩むこともある。

 いや、気に入ってるのは大前提。でも、〝馴染んできた〟ことも大きい。走ったり壊れたり直したりを繰り返してるうちに徐々に〝自分のモノ〟になってきてる気がするのだ。頭で理解できてたことが心で理解できるようになった、みたいな感覚である。そして同じくらい大きいのが、ふとした瞬間に今も〝新しい発見〟があること。もしかしたら、こっちの方が大きいのかも知れない。

 166のエンジンは〝名機〟と呼ばれたアルファV6ユニットの末裔で、中回転域ではロロロロロ……と心地好くリズムを刻み、高回転域ではクォーンと澄んだ快音を響かせるオーケストラ・サウンドだ。それを聴きたいがために1段低いギアを選び、高めの回転を保って走る習慣が身についていた。が、2年目が終わろうとする頃のこと。たまたまアイドリングより僅かに上の回転域でクルージングすることになったとき、その領域でゴロゴロと猫が喉を鳴らすような音がするのに気づき、回さずとも意外や粘り強く走ってくれることも知り、今まで何やってたんだろ……? という軽いショックとともに、穏やかな心地好さを覚えたのだった。以来、アライメントを少し変更して操縦性がどう変わるか試してみたり、オイルの粘度を変えて一番綺麗にエンジンが歌ってくれるのはどれか探ってみたり、と機会を見つけてはあれこれ楽しんでいる。166と僕の相性が良かったのかも知れないが、そのちょっと〝濃い〟付き合い方が「いいね!」と思えるのだ。そうやっていくうちに、僕の166は足に馴染んだブーツみたいな存在になっていくのだろう。そういえば前に8年近く乗ったシトロエンも、確かにそんな感じだったっけ。

 誰もが車検や整備でディーラーを訪ねるたびに、お得な乗り換え話をオファーされる。得なことに間違いはないから、話に乗るのも悪くはない。査定が低くなる前に、いろんな車種に乗りたいから、と短いスパンで乗り換えるのもクルマの楽しみ方。否定する気はない。でも、自分に合った1台に巡り逢えたなら、じっくり腰を据えて付き合ってみてはどうだろう? 本当の〝味〟は意外なところに隠れてるかも知れないし、あるいは後からジワッと来るものだったりするかも知れないからだ。ヒトとヒトだって、そうでしょう?

文/写真・嶋田智之

アルファ・ロメオ166は、1998~2007年に生産されたフラッグシップ。伸びやかな姿態と薄いノーズ、そして絶妙な凹凸が描き出すラインなどから、昨今では最も官能的なスタイルを持つセダンのひとつとマニア間で評される。日本仕様は3.0/2.5リッターのV6エンジンを搭載しており、そのサウンドとフィールは今でも世界的に評価が高い。が、新車当時は人気が高かったとはいえず、販売は不振に終わった。ちなみに著者の個体は2000年式。

「1台のクルマと永くつき合う」の続きは本誌で


定期購読はFujisanで