岡崎五朗のクルマでいきたい vol.62 “いいクルマ”の答

 いいクルマってどんなクルマのことなのだろう? 燃費を重視する人もいるだろうし、安全性を重視する人もいるだろう。その他にもデザイン、走行性能、室内の広さ、色など、クルマの魅力を構成する要素は膨大だ。加えて、主観によって決まる数値では表せない項目の多さが、話をさらに複雑化させている。要するに、10人いればいいクルマの定義は10通りあるというわけだ。

 けれど、モータージャーナリストどうしでは、そのあたりを究極まで単純化した会話が繰り広げられている。たとえば僕がまだ試乗していない○○というクルマにA氏がひとあし早く海外で試乗してきたとする。

 「○○どうだった?」と僕が聞くと、A氏は「良かったよ!」と答える。必要なのはたったこれだけ。なんら具体的な話をしなくてもピンとくるのだ。

 もちろん、双方とも専門家だから、開発コンセプトはあらかじめ理解しているし、そのメーカーの勢いや開発動向なども頭に入っている。そういった様々な前提情報を共有したうえでの「良かったよ!」なのだが、それにしてもあまりにあっさりしすぎててなんだかなぁ…思うだろう。

 ほんの数秒のやりとりで相手の言いたいことが伝わるのは、実のところ「いいクルマ」の定義が似通っているからに他ならない。もちろん、モータージャーナリストのなかにもいろいろな価値観をもった人がいるが、たいていの場合、価値観は近い。では僕らは何をもって「いいクルマ」と評するのか?

 答えは「乗り味」だ。実に曖昧模糊あいまいもことした言葉だが、クルマの魅力を決定づけるのは究極、そこだと思う。速くなくてもいいし、スポーティでなくてもいい。もちろん速くてもいいし、スポーティでもいい。3気筒でも12気筒でも気にしない。マルチリンクかトーションビームかなんて関係ない。価格もそう。要は実際に乗ってみて、ああ気持ちいいなとか、ああ楽しいなと思えるかどうか。長年多くのクルマに試乗し、多くのモータージャーナリストがたどり着くのがこの「乗り味」なのである。クルマを選ぶ際、皆さんも乗り味に目を向けてみてはいかがだろうか?


日産 スカイライン200GT-t

メルセデスの2ℓ直4ターボを積んだスカイライン

 日産が想定したスカイラインの月販台数は200台。時代も時代だけにかつての1万台は無理としても、ネームバリューからいって1000台ぐらいは売れてもおかしくないモデルである。いくらなんでも弱気すぎるのでは? と思っていたら、案の定注文が殺到。2月には1500台、3月にはなんと3000台を売ってみせた。たった2ヵ月で約1年半分の販売。しかも500万円クラスの3・5ℓV6ハイブリッドのみで。新車効果を差し引いても、新型スカイラインは好調な滑り出しを見せたと言っていいだろう。

 そんなスカイラインに新たなグレードが追加された。メルセデス製の2ℓ直4ターボを搭載したGT-tだ。スターティングプライスは383万円。もう少し安いかと思っていたが、メルセデスの卸値がかなり高いのだそうだ。もっとも、ハイブリッドと比べれば80万円ほど安いのも事実。動力性能や静粛性も必要にして十分以上を確保しているし、慣れるまでは少々癖を感じるダイレクトアダプティブステアリング(アクティブステアリング)が付いていないのも人によっては歓迎できるポイントだろう。

 もちろん、ハイブリッドのような圧倒的な動力性能はないし、燃費も決して悪くはないがハイブリッドには劣る。しかし、リーズナブルな価格でスカイラインに乗りたいと考えている人にはかなり魅力的なモデルである。

 日産は新型スカイラインを「輸入プレミアムカーと対抗できるモデル」だとアピールしている。たしかに乗り味は洗練されているし、最先端の安全装備等を選択することもできる。メルセデス・ベンツCクラスやBMW3シリーズ、アウディA4といったモデルと比べればコストパフォーマンスも上を行っている。残る課題は、デザインを含めた独自性をさらに強く打ち出していけるか。そういう意味で、他社からエンジン供給を受けている点には少々疑問が残る。

搭載されたターボチャージャー付き2.0ℓガソリンエンジンは、排気量を抑えつつもノンターボ2.5ℓエンジンに匹敵する力強さと加速性能を実現。エンジンと合わせて開発されたオートマチックトランスミッションが、伸びやかで途切れのない加速をサポートする。前型のスカイライン(250GT)に比べ、燃費が約20%向上している。

NISSAN SKYLINE 200GT-t

車両本体価格:¥3,834,000(200GT-t/2WD、税込)
全長×全幅×全高(㎜):4,790×1,820×1,450
車両重量:1,650kg 定員:5人
エンジン:直列4気筒DOHC直噴ターボ
総排気量:1,991cc 最高出力:155kW(211ps)/5,500rpm
最大トルク:350Nm(35.7kgm)/1,250~3,500rpm
JC08モード燃費:13.6㎞/ℓ 駆動方式:後輪駆動

ジャガー Fタイプクーペ

ジャガーの本命は”クーペ”のFタイプだった

 オープンモデルのコンバーチブルに続き、クーペが追加されたFタイプ。僕としてはこのクーペこそ、Fタイプの本命だと思っている。なぜなら、デザイン的にみて圧倒的に魅力的だからだ。Fタイプの原型となったコンセプトカーのC-X16がフランクフルトショーでお披露目されたのは2011年のこと。その美しさに感動すら覚えたC-X16はクーペスタイルに身を纏っていた。だが、2013年にはコンバーチブルが先行発売。オープンモデルを好む人の気持ちもよくわかるけれど、僕としてはやはりクーペの登場を心待ちにしていたのである。

 晴れて登場したFタイプクーペは、期待に違わぬ出来映えの持ち主だった。フェラーリやポルシェ、アストンマーティンなど世には数多のスポーツカーが存在するが、僕としてはFタイプクーペこそがもっとも美しいスポーツカーだと思っている。デザイナーのイアン・カラムは「1㎜の変更もきかない」と言ったそうだが、まさに究極のバランスの上に成り立った究極の美しさなのである。

 550psを発生するV8スーパーチャージャーを搭載したRクーペの走りは鮮烈だ。加速性能だけでなく、レスポンスやサウンドなど、どこをとっても刺激性の塊。追い込んでいったときのハンドリングも一級品だ。それでいて普段は極上の乗り心地とリラックス感溢れるドライブフィールを提供してくれる。ノブレス・オブリージュではないけれど、日常的には優雅に、しかしいざというときは勇猛果敢な走りを見せる。そんな二面性を備えているのもFタイプクーペの魅力だ。

 毎日乗るとなるとシート背後にほとんど何も置けない不便さを感じるが、クーペ化によって実用的なトランク容量を獲得したのはなによりの朗報。V8ほどの迫力はないものの、V6スーパーチャージャーなら823万円で手に入る。魅力度の高さを考えると、この価格にはかなりの吸引力がある。

ジャガー史上最も優れたねじれ剛性を誇るオールアルミニウム製のボディを採用。ラインアップは「Fタイプクーペ」「Fタイプ Sクーペ」「Fタイプ Rクーペ」の3種類を用意した。それぞれ異なるエンジンを搭載しており、最上級モデルのRクーペは、0-100㎞/h加速が4.2秒、最高速度は300㎞/hに達する。コンバーチブルに比べ広くなったトランクは、ゴルフバッグ2個が収納可能だという。

JAGUAR F-TYPE COUPÉ

車両本体価格:¥12,860,000(F-TYPE R COUPE、税込)
全長×全幅×全高(㎜):4,470×1,925×1,319
車両重量:非公開 定員:2人
エンジン:V型8気筒DOHC5.0リッタースーパーチャージャー
総排気量:4,999cc 最高出力:495kW(550ps)/6,500rpm
最大トルク:680Nm/2,500~5,500rpm
駆動方式:後輪駆動

レクサス NX

レクサスの挑戦状 世界で勝つためのNX

 ハリアーから発展したRXの弟分と捉えられがちなNXだが、僕は少々異なる見方をしている。RXのコアターゲットは、北米、それも生活臭のあるミニバンには乗りたくないという女性層だ。丸みを帯びたデザインや平穏なインテリア、大人しい走りなどがそれを示している。それに対し、NXは欧州を含めた全世界で勝ちに行くことを目的に開発された。具体的にはアウディQ3やBMWX3といったドイツ製プレミアムSUVへの、レクサスからの挑戦状なのである。

 まずはデザインをご覧いただきたい。巨大なスピンドルグリル、盛り上がった前後フェンダー、ボディサイドを走る鋭いキャラクターラインなど、NXの外観はデザイン要素がてんこ盛りだ。端正な美しさをもつアウディQ3とは対照的である。しかしこれで正解だと思う。北米はともかく、ヨーロッパでのレクサスはブランドイメージ的にも販売的にもまだまだドイツ御三家に後れをとっている。そんななか「日本ならではの奥ゆかしさ」などと悠長なことを言っていたらいつまで経っても存在感をアピールできない。

 事実、NXのデザインはどのライバルにも似ていない。そしてひと目でレクサスであることがわかる。むしろガンダムチックであることに、彼の地の人々は新しい日本らしさを感じ取るかもしれない。

 輸入プレミアムSUVを仮想的として開発されたモデルである以上、走行性能には抜かりはないはずで、実際に試乗してみてもRXとはまるで異なるスポーティな走行フィールを味わわせてくれた。2・5ℓハイブリッドを積む300hもいいが、僕が気に入ったのは2ℓターボの200t。価格の安さだけでなく、乗って感じる楽しさも200tに軍配があがる。とくにFスポーツの出来はかなりいい。428万円~という価格設定を含め、NXの魅力度はかなり高い。日本車の逆襲が本格的に始まった。

スピンドグリルを起点に、キャビンの前後を大胆に絞り込んだ菱形のボディと、力強く張り出したホイールフレアを融合させたタイヤの存在感が、スポーツギアであることを主張している。新開発2.0ℓターボエンジンにより、力強さと爽快さを両立した走りを実現したほか、ワイヤレスの「おくだけ充電」や運転に必要な情報をウィンドシールドガラスの視野内に投影するなど、利便性を高める機能も備えた。

LEXUS NX

車両本体価格:¥4,280,000(NX200t/2WD、税込)
*北海道を除く
全長×全幅×全高(㎜):4,630×1,845×1,645
車両重量:1,710kg 定員:5人
エンジン:直列4気筒DOHCインタークーラー付ターボ
総排気量:1,998cc
最高出力:175kW(238ps)/4,800~5,600rpm
最大トルク:350Nm(35.7kgm)/1,650~4,000rpm
JC08モード燃費:12.8㎞/ℓ 駆動方式:前輪駆動

アウディA8 L W12

12気筒エンジン搭載 快適・豪華なモダン高級車

 メルセデス・ベンツSクラスがマーケットの中心に陣取り、それをBMW7シリーズが追いかけるというのが今も昔も変わらぬプレミアムサルーンの図式。そのなかで、自らステアリングを握りドライビングを楽しみたい人は7シリーズを選び、快適性重視、あるいは運転は誰かに任せて後席でゆったり寛ぎたい人はSクラスを選ぶわけだ。

 では、第3の存在とも言うべきアウディA8の存在理由はどこにあるのか? 残念ながら僕はこのクラスのクルマを買う立場にないのだが、想像するに「センスのよさをアピールしたい」というマインドと大いに関係がありそうだ。Sクラスには良きにつけ悪しきにつけ権威主義的な香りが漂う。7シリーズにはSクラスのカウンターパートナーというイメージが強い。その点、A8には手垢の付いていない新鮮さがある。もちろん、それと引き替えにわかりやすいステータスは得られないが、人とは違うことをアピールしたい人にとっては、そこもまた魅力なのだ。

 とはいえブランドイメージだけでは舌の肥えたお金持ちのハートを射貫くことはできない。A8シリーズのフラッグシップであるA8 L W12が搭載するのは泣く子も黙る12気筒。囁くようなエンジン音と余裕のトルク、想像を絶するスムーズさは、誰もが想像する高級車用エンジンのそれ。乗り心地もいい。その上で、車名に含まれるLが示すように130㎜ストレッチしたホイールベースは広大な後席空間を生みだし、贅を尽くしたしつらえとあいまって乗員を心の底から寛がせる。豪華さと快適性はSクラスにも7シリーズにも決して負けていない。むしろインテリアのデザインセンスでは上をいっているほど。とくにモダンなデザインを好む人はA8にシンパシーを感じるだろう。しかるべき立場を手に入れたらこいつに乗るのも悪くなさそうだ。が、自分なら運転してより楽しいスポーツ仕様のS8を選ぶだろうな、とも思った。

“革新の美学”をコンセプトに、2010年に登場したアウディのフラッグシップモデルであるA8。新型では25個のLEDハイビームで構成したマトリクスLEDヘッドライトを採用、ストップ&ゴー機能付きアダプティブクルーズコントロールなど最新の安全機能を追加した。A8 L W12はマッサージ機能付きの本皮仕立てシート、後部座席には液晶ディスプレイが2つ装備されるなど、よりラグジュアリーな空間となっている。

AUDI A8 L W12

車両本体価格:¥21,450,000(A8 L W12 quattro、税込)
全長×全幅×全高(㎜):5,265×1,950×1,470
車両重量:2,200kg 定員:4人
エンジン:6.3リッターW型12気筒DOHC
総排気量:6,298cc 最高出力:368kW(500ps)/6,200rpm
最大トルク:625Nm(63.7kgm)/4,750rpm
JC08モード燃費:8.9㎞/ℓ 駆動方式:クワトロ(フルタイム4WD)

文・岡崎五朗

Goro Okazaki

1966年生まれ。モータージャーナリスト。青山学院大学理工学部に在学中から執筆活動を開始し、数多くの雑誌やウェブサイト『Carview』などで活躍中。現在、テレビ神奈川にて自動車情報番組 『クルマでいこう!』に出演中。

定期購読はFujisanで