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特集 終わらせない夏

戸惑い。のち、ときめき

文・岡小百合

戸惑い。のち、ときめき

久しぶりにふたりで出掛けないか。そう言って、10年来のパートナーが指差したのは、1台のオートバイだった。

いわゆるスクーターの姿形をしてはいるものの、サイズといいデザインといい、気楽な生活の道具とは一線を画していた。ワイルド。危険。遊び心。そんな言葉がぴたりとはまるような風情は、どうしたって温和で実直な彼とは結びつかず、混乱した。

結びつかないといえば、何の断りもなく、こんな大きな買い物をしてきたこと自体が、すでにそうだった。ついでに、「乗れよ」とか、「しっかりつかまってろよ」などという、命令形の口調も。

いつもとは違うその言動から、一瞬にして大きく見えた彼の姿は、走り葉始めると、さらに大きくなっていた。まだ熱を帯びた街に響く、乾いたエンジンの音。身体で受け止める風が伝える、圧倒的なスピード感。背中の温もり。振動の愛しさ...。その存在感は、紛れもない男の匂いを、強く美しく五感に訴えかけてくる。

戸惑い。のち、ときめき。

太陽が傾き始めた頃、到着したのは、東京の片隅だった。空港にほど近いその場所には、学生時代に訪れたことがあった。感情のままに刺激を追いかけ、その先にあるものが幸せだと信じていたあの頃、ここへ来るたびに感じたことは、祭りのような夏が永遠に続くと信じられる、刹那の眩しさだった。

何度かここへ来て、何度かはしゃぎ、何度も痛みを覚えた。その末に、永遠の夏などないことを悟り、秋の穏やかさにも似た安定を、選びとったつもりだった。大人になるとはそういうことで、だからそれでいいのだと、自分を納得させてきたのは、しかし、自分だけではなかったらしい。突然、つつがなく凡庸な日常を突き破り、非凡な刺激を連れてきたバイクに、思いがけず、覚醒させられていくふたりがいる...。

そういえば、うんと若い頃、大型のバイクに乗っていたのだと、彼から聞いたことがある。北海道を一人旅したんだ、と見せられた写真の、どこに何が映っていたのか、彼がどんな表情をしていたのか、おぼろげにしか記憶のない自分を、軽く責める気になっていた。

帰ったら、彼が好きなウェッジウッドのコーヒーカップを引っ張り出して、深炒りのコーヒー豆で、とびきり美味しい一杯をいれようか。そうしてあの写真をもう一度見せてとせがんだら、可愛い女だと褒めてもらえたりするのだろうか。

飛び立つ飛行機を見送りながら、潮風に頬をなでさせる。時折吹き抜ける透き通った風さえ、まだ秋の予感には届いていない。2008年、9月。男と女の夏は、再び永遠の香りを含み始めていた。


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(右)衣装協力・Araiヘルメット、HYODプロダクツ
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