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特集 終わらせない夏

「夏とは単なる季節ではない、それは心の状態なんだ」───片岡義男の小説のフレーズである。「終わらせない夏」をテーマにした5本のショートストーリーから、あの頃の夏を探してみてはどうだろう。

写真・渕本智信

午前4時のロケット少年

文・神尾成

午前4時のロケット少年

必死に目を瞑り、今度こそ眠ろうと自分に言い聞かせた。が、しかし、オレの中の俺が言う。「それはないよ、まだ行ける」。──自分の中のスイッチが確実に切り替わった。

飛び起きると、貪るようにレース用の皮ツナギに着替え、フルフェイスのヘルメットをスモークシールドに代えてから部屋を出る。ヘルメットを被ったまま防犯ロックを外し、マンションの駐輪場から『675』をゆっくりと100メートル程押して行く。──背中と頬に汗が流れるのを感じた。

深夜とはいえ、環八は交通量も多くニギヤカだ。ここまで来ればもう「音」を気にしなくて良い。エンジンを掛け、数回ブリッピングした後、グローブのベルクロを丁寧に合わせ直す。まだ馴染みきらないレーシングブーツの感触を足に覚えさせるためギアチェンジを何度か繰り返した後、ゆっくりと確かめるように発進させる。

第三京浜入り口の左コーナーはあえて手前から加速、そして強めのブレーキング。回転を合わせてシフトダウンした後、膝をやや開き気味にしてリーン。このコーナーは奥が深い。慎重になり過ぎたせいか一瞬ふらついたがアクセルを当てて立て直し、そのまま高回転まで引っ張っていく。──何かが吹っ切れた。

数百メートル続く直線の後、多摩川を渡ってすぐの高速S字を越えると、イエローチェンジが消えるのと同時に照明が暗くなる。スモークシールドにしてきたのを少し後悔するが無視することにした。

「フクメン」の存在を気にしながらもミドル3気筒独特のエンジンフィールを味わうため何度もシフトチェンジを繰り返す。グリップを握り直したり、スクリーンの中に伏せてみたりしながら自分自身をバイクに馴染ませていく。10分もしないうちに保土ヶ谷料金所の明かりが見えて来た。内ポケットに入れていたカードを取り出すため、皮ツナギのファスナーを下ろした時、冷たくなった風を感じた。

自分自身をバイクに馴染ませていく。
「今なら間に合う」。いつも立ち寄る料金所横のパーキングをそのままやり過ごして、首都高方面に思い切り加速。トンネルに響く排気音が自分の中の「狂気」を覚醒させる。首都高の料金所の手前でもファスナーを下ろすが、今度は風を冷たくは感じない。

みなとみらいを左手に見ながら、コーナーの続くトンネルに挑む。横浜公園先のストレートを抜けて山下ランプを過ぎるとベイブリッジだ。左の高速コーナーを3速全開で抜けていく。タコメーターを確認しながらアクセルを少し戻すだけでシフトアップ。──

2ストにも似たヒステリックな咆哮(ほうこう)を自分の内側に招き入れた時、17歳のままのもう一人の自分が確実にそこに存在していた。


TRIUMPH『DAYTONA675』
衣装協力・Araiヘルメット、RSタイチ、HYODプロダクツ