特集 大人のいない国

 オトナのクルマやオトナのバイクという言葉をよく耳にするけれど、その定義とは、いったい何なのだろうか。

 オトナのドライバーやオトナのライダーとはどういう人たちのことを言うのだろう。

 日本には若者ぶった中高年は大勢いるが、成熟したオトナが少ないと言われている。それはクルマやバイクの世界でも同じことなのだろうか。

ネオクラシックは大人の選択か

文・山下 剛

 かつては水冷エンジンについた冷却フィンを見ると、無駄なものをつけて格好ばっかり取り繕いやがると悪態をついたものだが、近頃はそんなことはさっぱりとなくなった。歳のせいで丸くなったからなのかはわからないが、バイクは姿かたちが格好よければだいたいオッケーだと思うようになったし、それが機械工学的に無意味な部品だとしても、バイクに無駄なものがついていて何が悪いと思うようになった。そもそもバイク自体がある意味無駄な存在だし、男の乳首だってそうだ。キミの無駄をなくしてやろうとハサミを片手に迫られたら、私はもちろん断固拒否して猛ダッシュで逃げる。

 とはいうものの、たしかに空冷エンジンの造形は美しい。模倣したくなる気持ちはわかる。しかし格好いいからといって、水冷エンジンにそれを取ってつけるよりは、水冷エンジンとしての格好良さを追求してもらいたいというのが本音でもある。近頃でいえば、インディアン・スカウトの水冷エンジンの造形は美しいと思わされた。だからトライアンフにも格好いい水冷エンジンを積んだ、もうひとつのボンネビルを作ってもらいたいし、排ガス規制をクリアするために開発中という次期SR400にはそういう前時代的な価値観だけではなく、これからの40年もスタンダードバイクとして愛されるようなSRとしてまったく新しく生まれ変わってほしい。

 排ガス規制に対応できず、SRが一旦生産をやめるのはこれが二度目だ。2008年にSRが消えたときも、私は次に現れるSRにはこれまでとまったく違うかたちを期待していた。エンジンのトルクや鼓動、サウンドのフィーリングが素敵で、普通二輪免許で気軽に乗れる排気量で、特別に気負ったりしなくても普段着で走り出せて、しかも走らせることそのものが楽しい、というSRの本質さえ持っていればエンジンが水冷だろうが多気筒だろうが、もっといえば60年代英国車風という古典的な見た目じゃなくてもいい。どんなかたちのバイクであっても「これこそが現代、そしてこれからのSRだ」と、胸を張って登場してもらいたかった。

YAMAHA XSR700
並列3気筒のXSR900に続いて登場した並列2気筒のXSR700はヤマハの提案するオーセンティックなスポーツヘリテイジに属する。単なる懐古趣味ではなく、新たなカテゴリーとしてネオクラシックを定着させようとしているヤマハの姿勢に注目したい。

 MT-09の外装パーツをクラシカルにカスタマイズしたXSR900が出てきたとき、その車名の符号もあって、これこそが私が期待していた新世代SRだと感じた。フレーム構成や排気量、パワーフィールからいえば、XSR700のほうがよりSRに近い。知り合いのライターから、ヤマハもこのバイクに次世代のSR、つまり誰もが気軽に、そして楽しく乗れるスタンダードバイクにするという意図を持たせていると聞いたこともあって、私は思わず我が意を得たりとにやけたりもした。もちろんXSRシリーズのモチーフはXS650というのがヤマハの意図だが、それでも私はXSRという名称はダブルミーニングだと勘ぐっている。

 さて、カワサキはそのあたりでクールというかドライというか、割り切りがよくて私の期待に近い。バイクにおけるネオクラシックという概念の発端でもあったゼファーやW650という、ヒット商品でもあった名車をあっさりと廃番にしてしまう。かといって自社のヘリテイジをないがしろにしているわけではなく、「Z」「Ninja」「H2」など名車の名をしっかりと継承しつつ、現代の最新技術とデザインで新しいバイクを生み続けている。東京モーターショーで公開されたZ900RSは最たるもので、これぞネオクラシックというべきコンセプトとスタイルを見せつけた。

Kawasaki Z900RS
先ごろ東京モーターショーでお披露目されたZ1をモチーフにした注目のネオクラシック。一見するとレトロなイメージだが、倒立フォークやリンク式のモノサスを採用するなど、これからのネオクラシックのあり方を提言しているように思える。12月1日発売予定

 しかしやはり古典は強く、中身のみならずその姿かたたちにも人々を魅了する美しさを持っているからこそ古典なのである。ハーレーダビッドソンやインディアンが生み出したアメリカンクルーザー。BSA、ノートン、トライアンフなどが作り出した60年代英国車。それらを叩きのめすほどの性能と魅力を誇ったホンダとカワサキの大排気量空冷直列4気筒スーパーバイク。ベスパのスクーター。累計1億台を突破したホンダのスーパーカブ。時の洗礼を受けてもなお古典として愛され続けているバイクたちの美しさと格好よさ、走らせたときに感じさせてくれる愉悦と歓喜は、おそらく永遠のものだ。たとえバイクがすべて電動化されても、あるいは二輪車そのものがなくなったとしても、人類の歴史としてそれらのいずれかが「バイク」という項目に残り続けるだろう。

 そんな古典のひとつである60年代英国車の影響を色濃く受けたSRも、ヤマハ開発陣の情熱と努力、知恵と技術によって400㏄空冷単気筒エンジンは堅守され、誰が見てもSRだというかたちとコンセプトを持って再登場するにちがいない。SRに今乗っている人、かつて乗っていた人、乗っていなくてもSRに好感を持っている人、あるいはまったく興味がない人も、そしてヤマハもそんなSRを望んでいるはずだ。モチーフこそ60年代英国車だが、カレーライスやラーメンが和食であるように、今やSRもまごうことなき日本のバイクである。そして、時代に合わせて規制に適合させ、古典を更新してきたネオクラシックだ。

 XSRやZ900RSのように最新のエンジンとシャシーにクラシカルな外装をつける手法と、スーパーカブやSRのように古典的なエンジンとシャシーを最新技術で現代に適合させる手法。これらは対極のアプローチだが、両者が出会うのはネオクラシックという中間地点であり、これからのバイクシーンを作っていく原動力でもある。

 もしも次世代SRのエンジンが水冷で、そこに冷却フィンがついていたとしても私はそれを無駄とか虚飾とは思わない。男であれ女であれ、大人はそれが無駄なパーツではないことを知っているのだ。


YAMAHA SR400
販売開始から来年で40年になるSRは現在生産休止中。これほど幅広い世代から長年に渡り支持を集めてきた車両は他にない。しかし発売された当初は、ハイパワー化の波に押されてそれほど人気がなかったという。それでも作り続けたことでSRは真のクラシックになれたのだ。

HONDA MONKEY125
今年、生誕50周年を迎えたのと同時に生産中止となった50ccモンキーの後継車として提案されたコンセプトモデル。125ccとなったことで先代よりもふたまわりほど大きくなってしまったが、現代の交通事情に即しているともいえるだろう。

「特集 「大人のいない国」の続きは本誌で

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