SWITCH!思考を切り替える 秋葉原のリアルレーシング

文・まるも亜希子/写真・長谷川徹

 でもそれって結局ゲームでしょ、なんて言っていた頃のレベルとは、もはや別次元のものになっているというレーシングシミュレーターの話は、数年前から聞いていた。

 日本のトップカテゴリーで闘っているレーシングドライバーたちも「面白い!」と言い、サーキットに入る前の練習として活用している人もいる。また、レーシングシミュレーターを使った育成プログラムから、実際にル・マン24時間レースなど国際レースデビューを果たす選手も誕生している。そんな最新のレーシングシミュレーターが気になっている人は、多いのではないだろうか。

 体験取材をさせてくれたのは、レーシングシミュレーター・プロショップ「D.D.R AKIBA本店」。代表を務める瀧井厚志さんは、全日本カート選手権をはじめ豊富なレース経験を持ち、スタッフにも現役フォーミュラレーサーやモータースポーツ好きが揃う。この秋葉原本店のほかに池袋店、3月に名古屋店もオープンし、レーシングシミュレーター業界では先駆け的ショップとして有名だ。

 室内には3台のシミュレーターが並び、ソファで休憩や見学ができるスペースもある。体験するには、グローブと運転にふさわしいレーシングシューズやスニーカーの着用が必須。1日500円でレンタルも用意されている。ヘルメットはいらないが、よりリアルに走りたい人は持参して被っているという。走行プランもいくつかあり、初心者から上級者までそれぞれのレベルや目的に合わせて選ぶことができる。予約制だが、プロレーサーによるマンツーマンレッスンも受けられる。基本料金が10分1000円で、最短10分から好きなだけ走行可能。これはだいたい屋外カートコースと同じくらいの感覚だが、日時によっては料金がお得な「乗り放題プラン」もあって人気らしい。

 なにはともあれ、店長の江口 博さんに言われるがまま、さっそく体験することにした。乗り込む時に体重をかけてはいけない場所があったり、本物と変わらないスポーツバケットシートのタイト感、足裏から伝わるペダルの感触や、歯をくいしばるほど力いっぱい踏まないと効かないブレーキなど、これはレーシングカーそのものだと感じて急に全身に緊張がはしる。走らせるのはハイパワーのDTMマシンで、コースは富士スピードウェイ。ピットに停まっている状態からエンジンをかけ、ピットロードに出て行くところから始まるのが、のっけから臨場感をあおる。

 ピットロード出口の青信号を確認して、いざコースイン。ブオオオという逞しいエンジンサウンドと共に、ゴツゴツとした振動がシートやステアリングを通じて伝わってくる。正面と左右に広がる大画面には、看板もポストも縁石までも、見慣れた景色が流れていく。いかにもタイヤがグリップしているかのような手応えが、腕や足にビシビシときて、気を抜くとステアリングは戻され、挙動が乱れてしまう。それどころか、路面の傾斜やズリズリとリヤが流れていく感覚まであるのも驚きだ。ストレートでは豪快な加速フィールに胸がスカッとしつつ、「こんな速度から1コーナー曲がれるかな」と恐怖心さえ芽生えるほど。気がつけばもう、実際のサーキット走行さながらの必死さだ。でも、すぐ隣りで江口さんが「ハイここでブレーキです。まだまだこらえて…ハイここで全開です」と的確なアドバイスをしてくれたおかげで、1周目ですっかり操作に慣れ、2周目には夢中で攻めている自分がいた。

 シミュレーターを降りると、まだ全身に振動が残るような感覚もリアルだった。他の人の走行を見ているのもまた面白く、手足の操作だけでなく緻密な動きをするサスペンションにも釘付けになった。聞けば、シミュレーター開発には現役スーパーGTドライバーが携わっているというから、本格的というよりこれはもう本物だ。

 現在、8,000人にものぼるD.D.Rの会員の中には少なからず女性もいるという。各店舗でタイムアタックや耐久レースなどのイベントが頻繁に開催され、D.D.Rとカートコースを転戦するというシリーズ戦「VR1」も盛り上がっている。会社帰りにぶらりと寄れるのも、ビールを飲んでたって平気なのもレーシングシミュレーターならでは。平日の夜や週末は、イベントやレースに向けて練習に励む人や、仲間と競い合って楽しむ人たちで賑わい、貸切で忘年会や飲み会を行う人も多いらしい。実際のサーキットでは絶対にできない楽しみ方が、モータースポーツを身近にし、新しい魅力をもたらしていると感じる。

 クルマを買って、ライセンスを取って、レーシングギアを揃えてと、実際のサーキットを走るまでには多くのハードルがある。そこでつまづいて二の足を踏んでいるくらいなら、手ぶらでいつでも飛び込むことができる、レーシングシミュレーターの世界を覗いてみる方がよっぽどいい。きっと、そこから始まるレーシングな時間が、人生を味わい深くするスパイスとなってくれるはずだ。

D.D.R AKIBA本店
住所:東京都千代田区外神田3-11-2 ロックビル5F
TEL:03(6206)8480
Mail:akiba01@ddr.jp.net
営業時間:12:00~22:00(年中無休)

店名の由来は「誰でもレーサー」。お客様のニーズに合わせて世界中のサーキットを走行できる。また車体はプロレーサーが実車同様にセッティングするので、本物に近いドライビングを体感できる。基本料金走行料:¥1,000/10min、グローブとシューズは1セット500円でレンタルできる。入会金は無料。スタッフはフレンドリーで丁寧に対応してくれるので、女性や初心者からベテランまで楽しむことができる。普段シミュレーターで「酔いやすい」という筆者もD.D.Rのマシンでは全く酔わなかったので、不安な人も一度試してみてはどうだろうか。


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