我儘の真髄

NEW DS3 パフォーマンス(右ハンドルMT)
エンジン:1,598cc・DOHCターボチャージャー
最高出力:153kW(208ps)/6,000rpm
最大トルク:300Nm(30.6kg)/3,000rpm
*写真のブラックスペシャルは完売。ルージュ アデンは3,690,000円(税込)

 日本では特にわがままであることは嫌われる。
でも「こうしたい」「こうありたい」という、人のピュアで根源的な欲望がさまざまな変革を生み、さまざまなモノを生み出していくのもまた事実である。
わがままに積極的な意味合いを認めてもいいのではないか。
わがままの真髄について考えてみたい。

エゴイストの意を受けた35GT-R

文・岡崎五朗

 客の要望を聞くことは大切だ。しかし、だからといって客を全知全能の神の如く扱うのはいくらなんでもやり過ぎだろう。それはサービス業だけじゃなく、クルマ作りにも当てはまる。いや、クルマ作りをクリエイティブな行為と捉えるなら、ユーザーオリエンテッドという言葉はその価値を削ぐ方向に作用する。

 客は素人で、なおかつ徹底的にわがままだ。「100万円以下でカッコよくて燃費は40‌km/ℓ以上でスーパーカーのように速くてミニバンのように広くてまめな整備をしなくても絶対に壊れず静かで最高に乗り心地のいい100万円以下のクルマが欲しい」なんて本気で思ってる。しかしそんな要望を満たせるはずもなく。だからこそ、なにを切り捨て、どこを伸ばすかが問われる。

 もちろん、客の意見をまんべんなく採り入れるのもひとつの見識だ。ただしその場合、すべての項目が中途半端になるのは避けられない。全体を底上げするのが技術であるのも事実だが、すべての項目で100点をとるわけにはいかない以上、燃費を突出させる、乗り心地を突出させる、価格には目をつぶるなど、クルマによって様々な取捨選択が行われることになる。そんななか、日本の自動車メーカーが絶対に譲らなかったのが信頼耐久性とメンテナンスフリー性である。実際、必要最低限の整備さえしておけば壊れずにきちんと走ってくれる性能が、世界で日本車が受け入れられている最大の理由になっている。

 GT-Rは、そこに切り込んだ初めての日本車だ。このモンスターマシンは、およそ市販車とは思えない手の込んだ行程で生産される。エンジンは、日産の生産要員から選抜された少数の“匠”が専用クリーンルーム内で組み上げる。完成後は内部をフラッシングオイルで完璧に洗浄し、さらに検査機器で徹底的な全数チェックを実行する。ギアボックスも職人が一つ一つ手作業で組み上げ全数チェック。ボディも組み付け精度を全数チェックする。そして車両の完成後は特別技能ドライバーが最大150㎞に及ぶ走行テストを実施し不具合を洗い出すとともに、サスペンション・アライメントの高精度調整や、ブレーキの焼き入れまで実施する。そう、GT-Rは、スターティンググリッドに並ぶレーシングカーのような完璧な状態で納車されるのだ。

 なぜそこまでやる必要があるのか? スーパーカーと呼んでもいいパフォーマンスを与えつつ、日産が定めた厳しい信頼耐久要件をクリアするには、ここまで徹底したつくり方が不可欠だったのである。「誰でも、どこでも、どんな時でもスーパーカーのパフォーマンスを発揮すること」がGT-Rのコンセプトだが、そこには「世界で高い定評を獲得している日本車の信頼性を保ったまま」というキーワードも含まれる。

 そういう意味ではきわめて日本車的なGT-Rだが、それと引き替えにオーナーにはいくつかの義務が課せられる。メインテナンスは「日産ハイパフォーマンスセンター」と呼ばれる特別な拠点で受けなければならない。油脂類とタイヤは高価なメーカー指定品のみ。ブレーキパッド交換は前後同時でローター交換も必須。12ヵ月ごとのアライメント調整も必須。また、サーキット走行後にメインテナンスを受けなければ車両保証の対象から外れるという厳しいペナルティが待っている。ちなみに、ブレーキパッドとタイヤを同時に交換したら100万円は下らない。

 従来の日本車でユーザーにここまできちんとした整備を要求するクルマはなかった。そんなことを要求したらお客様から総スカンを食う。だから性能は落としてもいいから整備の要求基準を引き下げよう、というのがこれまでの常識だったからだ。しかしGT-Rは性能に対してとことんわがままを貫き通した。それを可能としたのは、カルロス・ゴーンの意を受け社内に治外法権チームをつくりあげ、ブルドーザーのようにGT-R開発を進めた水野和敏という人物の存在だ。水野の名前を出すと険しい顔をする日産社員は少なくない。しかし、およそサラリーマン的ではない、わがままで強烈な個性と、それをサポートするカリスマ経営者の存在がなかったら、GT-Rというきわめて魅力的なクルマはこの世に生まれなかったに違いない。

(MY08)初代
「新次元マルチパフォーマンス・スーパーカー」を標榜して登場した新世代GT-Rの最初期モデル。「走る道や天候、ドライバーのテクニックなどによって性能が限定されず、安心してスーパーカーライフが楽しめる」のがコンセプト。

(MY09)2代目
「匠」によるエンジン組み立ての精度が向上したことにより、最高出力が353kWから357kWに向上。新構造のダンパーやフロントバネレートのアップなどにより、ハンドリングと乗り心地という相反する性能を同時に改善。

(MY10)3代目
通気抵抗の少ない触媒を採用することにより、中低速域のレスポンスを向上させた。フロントサスペンションの精度を引き上げて上質な乗り心地とするとともに、リヤは一部ブッシュの剛性を高め、ダイレクトな接地感を求めた。

(MY11)4代目
サーキット走行専用の「Club Track edition」を追加。過給圧アップや吸気系を変更することで、大幅な出力アップ(390kW)を実現。エンジンルームの隔壁にCFRP製ストラットバーを追加して、運転操作時のレスポンスを高めた。

(MY12)5代目
吸排気の効率を高めることなどで、エンジンの出力はさらに向上(404kW)。右ハンドル車ではドライバーの重量分だけ車体の右側に多く荷重が加わることなどを考慮し、サスペンションのセッティングを左右非対称にした。

(MY13)6代目
ニュルブルクリンク24時間レース参戦で得た知見をフィードバック。エンジン中回転域のレスポンスや高回転域の伸びを向上させたのに加え、車体剛性を高め、サスペンションの仕様を変更したことで走行安定性を向上。

(MY14)7代目
田村宏志CPS(開発責任者)体制による最初のモデル。サーキットで引き立つ圧倒的なパフォーマンスは新たに登場したGT-R NISMOに受け持たせることで、素のGT-Rは上質な乗り心地や快適性に重点を置いて開発。

(MY15)8代目
乗り心地をさらに進化させ、熟成させたモデル。ドライバーが狙った通りのラインを走行できる性能を目指した。基準車をベースにGT-R NISMOのテクノロジーを融合させたTrack edition engineered by nismoを追加。

(MY17)9代目
GT-R史上最大規模の改良を実施。そのため16年モデルはスキップした。内外装を一新したが、外観に関しては「古くなった」からではなく、空力性能のため。エンジンは気筒別点火時期制御などにより出力が向上(419kW)。

「特集 「我儘の真髄」の続きは本誌で

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