特集 責任ルール品格マナー

写真・長谷川徹  撮影協力・ウイザムカーズ ファクトリー
Norton Dominator SS ¥5,292,000(税込み、日本限定10台)

ルールは規則に準ずるので守らなければ罰則を課せられる。マナーは規則の範疇ではないので罰則はない。

ルールは基本的に社会によって定められるが、マナーの規範は自分の中にある。ルールは明文化されたものであるのに対して、マナーは個人の価値観に委ねられる。しかしルールに定められていない責任もある。そして人によって異なるマナーは、その人の品格を映し出すことにもなる。


バイクが街から消える日

文/写真・山下剛

 「若者の◯◯離れ」というフレーズにも飽きてきたが、若者に限らず中年も老年も離れていっているものにタバコがある。今や都市部では喫煙場所を探すのも困難で、それを理由にタバコをやめた人も多い。東京オリンピックを控え、街からタバコを排除する動きはますます強まるだろう。

 なぜここまでタバコ離れが進んだかといえば、周囲の人々の健康を害すること、煙が臭い、目にしみるなど、つまり気分がいいのはタバコを吸っている本人だけで、まわりの人間は不快でしかないからだ。タバコは個人的な快楽にすぎず、社会的な利益も意義もない。むしろ害悪だ。喫煙という悪習は滅んで然るべきだし、麻薬や覚醒剤のように禁止薬物に指定すべきかもしれない。タバコ嫌いな人にとってこれは過激でもなんでもない、ごく素直で純粋な意見だろう。

 私は喫煙者だが、これらに反論する正当な言葉はまったく思いつかない。せめていえるのは、ルールやマナーは守るし、1箱2,000円でもかまわないから全面禁止にしないでほしい、タバコを嗜む自由と権利くらいあってもいいじゃないか、ということだけである。

 さて、当人以外には害悪でしかないものは他にもあって、そのひとつがバイクである。タバコとバイクはとてもよく似た存在だ。

 季節や気候の移ろいを風で感じる心地よさは何物にも代えがたいし、エンジンの鼓動や音には乗り手の魂を震わせる快楽がある。スピードがもたらすスリルは生きている実感をもたらすし、自立できない乗り物だからこそ乗りこなす歓びと楽しさがある。バイクの楽しさを知ってしまうとそこからなかなか抜け出せない。

 しかしクルマしか乗らない、あるいはバイクもクルマにも乗らない人にとってみれば、危ない、うるさい、邪魔。機動性といえば聞こえはいいが、車体が小さいからといって渋滞をすり抜けていくのは危険なうえにルールにもマナーにも反するし、わずかな接触事故でも運転手は簡単に死んでしまう。せいぜい2人しか乗れず、荷物も大して運べない。社会的利益はどこにもなく、むしろあるのはリスクだけという害悪である。

 戦後の成長期こそバイクの経済性のよさが社会的利益につながっていたが、一億総中流時代を経た今となってはそれもない。バイクはすっかり趣味のもの、つまり個人的な享楽でしかなくなり、社会性を失った。「自分にとって必要ないが、それを必要としている人がいるならあったほうがいいし、なくすべきではない」と思えるものが社会性とか文化とよばれるものであるが、バイクはどうだろう。

 バイクに乗らない人のなかで、バイクは交通社会の大事な一員だ、交通社会にはバイクが必要だ、と考えている人はどのくらいいるだろうか。バイクなんて公道から消えてもかまわない、むしろ消えたほうが静かになってすっきりするし、交通安全につながる、と考えている人の方が多いのではないだろうか。

 バイク駐車問題はその証拠だ。2006年の道交法改正でバイクの違法駐車が一斉に取り締まられ、バイク人口もバイク販売数も減少したばかりか、都市部では廃業する販売店も相次いだ。原因はそれまでバイクの駐車に関する法律がないためバイク用駐車場も存在しなかったからで、だからこそ警察も黙認してきた経緯がある。つまり行政の落ち度によってバイクユーザーが甚大な迷惑を被ったわけだが、これが社会問題として世間に認識されることはなかった。世の中の人々は「バイクの迷惑駐車がなくなってすっきりした」と感じたにすぎない。

 そうしたことを踏まえると、たとえば集団登校の列にバイクが突っ込んで多数の児童が死亡、あるいは操作ミスで転倒したバイクを避けたクルマが高架から落下して運転手が死亡、または多重追突事故を誘発、というようにバイクが過失のない人を死なせてしまう事故が連続したら、バイクに対する世間の批判は一気に高まるだろう。もちろんこれは空想だが、タバコの例だけでなく、飲酒運転に対する厳罰化や社会的批判の高まりを考えれば、まったくの絵空事とは言い難い。

 「バイクは公道を走るな」「サーキットから出てくるな」といわれたとき、バイク乗りはどんな言葉で反論できるだろうか。バイク乗りである私は、私が生きているうちにそんな日が来ないことを願っている。


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