F1ジャーナリスト世良耕太の知られざるF1 PLUS vol.18 スポンサーの変革

 スポンサーカラーをまとった最初のF1は1968年のロータスだった。

 それまではイギリスのナショナルカラーである深い緑を基調としていたが、ロータス49はシーズン途中で、イギリスのたばこ、「ゴールドリーフ」のパッケージを模した赤/白に金のラインを入れたカラーリングに切り換えた。チームは参戦資金を稼ぐため、車体表面を広告媒体として活用することにしたのだ。この仕組みは現在も変わらない。

 ’76年に富士スピードウェイで開催されたF1イン・ジャパンにやって来たロータス77は、漆黒の車体にゴールドのストライプが特徴のJPSカラーをまとっていた。ロータスといえばこのカラーリングを思い出す世代も多いに違いない。いやいや、ロータスといえばキャメルカラーでしょと反論する層もいそうだ。中嶋 悟がF1デビューを果たした’87年にドライブしていたのは、キャメルイエローに塗り固められたロータス・ホンダだった。

 ホンダといえば、’88年にA・セナとA・プロストのコンビで16戦15勝を挙げ、圧倒的な強さでシーズンを制したマクラーレンMP4/4は赤白のマールボロ・カラーだった。’94年、M・シューマッハが初めてタイトルを獲得したベネトンB194はマイルドセブン・カラーに彩られていた。ロスマンズ・カラーに塗られたウィリアムズFW16を駆るD・ヒルを、1点差で下して手に入れた王座だった。

 長く続いたたばこスポンサーの時代は、21世紀に入り暫くして終焉を迎える。EUでたばこ広告が禁止されたのが原因だった。テレビでの露出が禁止されたのでは、F1チームに多額のスポンサー料を支払う意味がない。’97年にマクラーレンからフェラーリに乗り換えたマールボロ以外のたばこ会社は、一斉にF1から離れた。一時期は参戦チームの半数以上がたばこ会社の恩恵を受けていたが、かつてのたばこ会社と匹敵するほどの勢いがある業種は現在のF1にはない。さまざまな業種が混在している状況だ。

 そんな状況にあって勢力を伸ばしているのが、アルコール飲料だ。日本ではクルマとアルコール飲料の組み合わせはタブー視されているが、ガソリンスタンドでビールを売っているのが日常(だからといって、飲酒運転を認めているわけではない。分別があることが前提)の欧州では、タブーにあたらない。’14年以降、リキュールのマルティーニがウィリアムズのタイトルスポンサーを務めているし、マクラーレンにはウイスキーのジョニー・ウォーカー(’05年~)に加え、スパークリングワインのシャンドン(’15年~)がついている。

 ’16年最大のニュースは、F1がビールのハイネケンと大型契約を結んだことで、第7戦カナダGPにコース看板として登場。第14戦イタリアGPは、大会の冠スポンサーを務めた。かつてのたばこスポンサーに匹敵する、大きな潮流となるだろうか。

2000年代半ばにたばこ広告が実質的に禁止されて以降も、マールボロ・ブランドを抱えるフィリップモリスは、フェラーリへの大型スポンサードを継続している。そのフェラーリには、タイのビール、シンハーがスポンサードしている。F1にスポンサードするアルコール飲料系ブランドはいずれも、製品を積極的に売り込むのではなく、「飲んだら乗るな」的な啓蒙活動を行っている。F1のグローバルビヤパートナーを務めるハイネケンは、「If You Drive, Never Drink」のメッセージを発信。

Kota Sera

ライター&エディター。レースだけでなく、テクノロジー、マーケティング、旅の視点でF1を観察。技術と開発に携わるエンジニアに着目し、モータースポーツとクルマも俯瞰する。

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