岡崎五朗のクルマでいきたい vol.60 燃料電池車を照らす大発見

  トヨタが来年に市場投入を予定している燃料電池車(FCV)。ホンダもそれに追随する見込みで、ついにFCVが街を走る時代がやってくる。

  水素を使って発電する燃料電池のメリットは充填時間の短さと航続距離の長さ。水素の充填にかかる時間は数分。1充填あたりの航続距離は400~500㎞に達する。急速充電器を使っても30分かかり、なおかつ200㎞程度しか走れないEVと比べると利便性は明らかだ。

  問題は水素ステーションの少なさとコストの高さだが、水素ステーションの設置に関しては政府主導で積極的な投資をすれば実現できないことはない。問題はコストだ。技術開発によってかつての「億円」レベルから「数百万円」レベルへと飛躍的に安くなったものの、それでも燃料電池は1台あたり数十万円分のを使う必要がある。実はこれがFCVの将来性に暗い影を落とす大問題なのだ。

  通常、工業製品は大量生産すれば安くなる。しかし燃料電池の場合、大量生産すると白金の需要が逼迫し、投機筋の思惑買いなどと相まってさらに高値になることが予想される。つまり、売れれば売れるほど高くなり、結局のところ売れなくなるのである。白金の使用量を劇的に減らす技術が開発されない限り、FCVのジレンマは解決されないということだ。

  そんななか、九州大学の研究チームが阿蘇山の火口付近で白金触媒をはるかに上回る能力をもつ新物質を発見したというニュースが報じられた。水素酵素(ヒドロゲナーゼ)と呼ばれるこの酵素を燃料電池の電極に使ったところ、白金の637倍! もの能力をもっていることが判明。これはもう世紀の大発見である。

  耐久性の確保など、実用化にはまだ時間がかかりそうだが、九州大学はすでに自動車メーカーとの共同研究にも乗り出しているという。FCVの未来を劇的に変える可能性を秘めた新物質が発見されたというだけでもワクワクするが、それが日本に埋蔵されているとなればなおさらワクワクする。まだ未知数の部分はあるけれど、白金という目の上のたんこぶさえなくなれば、FCVの将来は明るい。


BMW i3/i8

BMW×最先端エコカー=走りの楽しさを表現

  世界の人口は増え続け、それを上回るピッチで農村地帯から都市への人口流入が増えている。1950年に29%だった都市人口は2005年には49%になり、2030年には60%に達するといわれている。

  多くの人が都市に集中すれば渋滞や大気汚染が引き起こされるのは明らか。今後ますます進行する都市化に対応するモビリティとはどんなものなのか? 公共交通機関の充実やカーシェアリング、高度交通システムといった様々な取り組みがなされているなか、BMWの示す回答のひとつがi3だ。

  カーボンとアルミを使って軽量に仕上げたこと、オプションで充電用の647cc2気筒エンジンと容量9ℓのガソリンタンクを装着でき、航続距離を約100㎞上乗せできることの2点がハードウェア上の特徴。バッテリーのみでの航続距離は225㎞だが、ガソリンさえ補給すれば充電器がなくても走行を続けられる。感心したのはエンジン音をほぼ完璧に抑え込んでいること。バッテリーが減ってくると自動的にエンジンが始動して充電をはじめるのだが、走行中ならほとんどエンジン音は聞こえてこない。さすがBMWだと感じたのは走りの楽しさだ。アクセルを深く踏み込むと、日産リーフよりおよそ200㎏軽いボディはスポーツカーのように加速する。専用の極細大径タイヤが生みだすグリップも強力で、i3は上り勾配のワインディングロードを活き活きと駆け抜けていく。

  i3に続いて投入されたi8も高度なドライビングプレジャーの持ち主だ。スーパーカーのようなデザインは見かけ倒しではなく、軽量カーボンボディと強力なプラグイン・ハイブリッドシステムは素晴らしい速さと運転の楽しさを満喫させてくれる。

  iシリーズは最先端のエコカーであると同時に、エコカーであっても走りのつまらないクルマは絶対に作らないというBMWの信念を明快に表すモデルでもあるのだ。

BMWのサブ・ブランドBMW iから誕生した次世代モビリティの第一弾。i3は電気を動力源とする大都市圏向けモデル、i8は高性能マシンのスポーツ性を持ちながら、小型車並みの燃費効率を兼ね備えたプラグイン・ハイブリッド・モデルとなっている。両モデルとも、軽くて剛性の高い炭素繊維強化プラスチックを量産車として初めて基本骨格に採用。バッテリーによる重量増カバーと低重心化の両立により、運動性能を高めた。

BMW i3

車両本体価格:¥5,460,000(i3 レンジ・エクステンダー装備車、税込)
全長× 全幅× 全高(㎜):4,010×1,775×1,550 車両重量:1,390kg
定員:4 人 総電力量:21.8kWh 
【発電用エンジン】直列2 気筒DOHC4 バルブ 総排気量:647cc
最高出力:28kW(38ps)/ 5,000rpm 最大トルク:56Nm(5.7kgm)/4,500rpm
【電気モーター】最高出力:125kW(170ps)/5,200rpm
最大トルク:250Nm(25.5kgm)/100 ~ 4,800rpm 駆動方式:後輪駆動

TOYOTA VITZ トヨタ ヴィッツ

基本性能が大幅改善“真面目な”マイナーチェンジ

  ここまで軽自動車が増えてきた背景にはコンパクトカーの不甲斐なさがあったと思うんです。と、ヴィッツの開発者は言う。

  まったくもって同感である。フラフラして真っ直ぐ走らない、音がうるさい、乗り心地が安っぽい、ひいては長距離長時間走ると疲れる。これじゃあわざわざコンパクトカーに乗る意味がない。税金の安い軽で十分である。

  コンパクトカーのあるべき姿をもう一度見つめなおし、軽自動車に対抗する。それが今回のマイナーチェンジの狙いだ。外観のリフレッシュや燃費性能を高めた新エンジンもそれなりに注目に値するけれど、改良の本丸は基本性能のかさ上げ。具体的にはボディの剛性を高めるためスポット溶接の点数を増やし、下回りには補強材を加えた。その上でサスペンションの再チューニングや遮音材の追加を行ったという。

  その効果は走り始めた直後から明確に体感できた。トタン屋根の物置にいるようなプアな乗り味がかなりマトモになったのだ。段差を乗り越えたときの強い入力に対してもボディに嫌な振動は出ないし、遮音性も向上した。何よりタイヤの方向性がビシッと定まり、高速道路を真っ直ぐ走るようになったのがいい。長距離ドライブなら軽より断然ヴィッツだとようやく言えるようになった。

  乗り心地についてはカタログ燃費を意識した高めのタイヤ空気圧設定の影響で多少バタ付く傾向があるし、路面状態によって大幅に変わるロードノイズ、電動パワーステアリングのモーター容量不足に起因する低速域での違和感のある操舵感など、課題はいくつか残っている。が、トータル性能、とくに高速道路を使ったロングドライブ時の安心感と快適性が大幅に改善されたのは朗報だ。はじめっからちゃんとつくればよかったのに、と思う一方で、ようやくやってくれたと嬉しい気持ちもあり…。いずれにせよ、次期ヴィッツにはかなり期待が持てそうだ。

1.3ℓ新開発エンジンの搭載により、燃費25.0km/ℓ(JC08モード燃費)を実現。内外装は「元気な」「生き生きとした」という意味の「Lively」をテーマにスポーティさと上質感を表現したデザインに一新、インテリア部分では広範囲に渡りデザインや素材を変更した。従来型と同様、ベーシックな「F」華やかな「Jewela」、上質感を追求した「U」、スポーティな「RS」の4グレードを設定している。

TOYOTA VITZ

車両本体価格:¥1,450,145(F 1.3L 2WD、税込)
*北海道、沖縄は価格が異なります。
全長×全幅×全高(㎜):3,885×1,695×1,500
車両重量:1,000kg 定員:5人
エンジン:直列4気筒DOHC  総排気量:1,329cc
最高出力:73kW(99ps)/6,000rpm
最大トルク:121Nm(12.3kgm)/4,400rpm
JC08モード燃費:25.0km/ℓ 駆動方式:前輪駆動

VOLKSWAGEN GOLF R フォルクスワーゲン ゴルフR

GTIを凌ぐ魅力はあるか 史上最速の4WDゴルフ

  ハードウェアの優秀性とコストパフォーマンスの高さで他の追随を許さないのが現行ゴルフだ。300万円前後で買えるクルマでオススメはと聞かれたら僕は迷わずゴルフと答える。もちろん、クルマは自らの趣味嗜好を反映するものだから、ゴルフ以外を選んでも何ら問題はない。けれど、たとえデザインが好みでないとしても、とりあえず一度は試乗して自分のなかのモノサシにしておくといい。そう、ゴルフはクルマのメートル原器ともいうべき存在なのである。

  ゴルフの標準エンジンは105psと140ps。高性能モデルのGTIは220psだ。GTIの2ℓ直4ターボでも十分に高性能だが、それでも足りぬとばかりに、最高出力をさらに280psまで高めた史上最速のゴルフがゴルフRだ。価格は529・8万円と、GTIより約150万円も高いが、これには理由がある。まず、駆動方式がFFではなく4WDであること。4WD化によって有り余るほどのパワーとトルクを路面に確実に伝えられるようになり、また雨、雪、強風下でのスタビリティも向上した。次に他のゴルフではオプション扱いの本革電動シートなどを標準装備していること。専用のエクステリアパーツを含め、ゴルフRはかなり贅沢なゴルフである。

  とはいえ、ゴルフに500万円以上を払うのはちょっと気が進まないなと考える人も多いはず。僕もそのうちの一人だが、乗ってみて素晴らしい!と感じれば話は別。果たしてどうなのか? 結論から言って、GTIで十分である。プラス60‌psの違いや4WDのメリットもあるにはあるけれど、GTIの出来映えが素晴らしいだけに、価格差ほどの魅力を見いだすことは難しい。室内に響く排気系からの盛大なコモリ音が気になったのもそんな印象を強めている理由だ。趣味のクルマとして乗るなら騒々しい音は歓迎かもしれないが、だとするならゴルフ以外にも選択肢はある。少なくとも僕ならゴルフRは買わない。

7代目ゴルフをベースに、シリーズ最強のパワートレインと「4MOTION」と呼ばれる4輪駆動システムを採用。低負荷の走行時は、駆動力を前輪にだけ伝達して後輪へは遮断することで、燃料消費を抑制。常に後輪への理想的な駆動トルクを計算することで、湿式多板クラッチの接続圧力を制御している。トランスミッションにはデュアルクラッチの6速DSGを組み合わせた。

VOLKSWAGEN GOLF R

車両本体価格:¥5,298,000(税込)
全長×全幅×全高(㎜):4,275×1,800×1,465
車両重量:1,500kg 定員:5人
エンジン:直列4気筒DOHCインタークーラー付ターボ(4バルブ)
総排気量:1,984cc 最高出力:206kW(280ps)/5,100~6,500rpm
最大トルク:380Nm(38.7kgm)/1,800~5,100rpm
JC08モード燃費:14.4km/ℓ 駆動方式:4WD

BMW MINI BMW ミニ

“ミニらしさ”がなくなった?心理的抵抗と快適性向上

  クラシックミニから数えて4代目、2001年にBMWが手がけるようになってからだと3代目にあたるミニがデビューした。年々厳しくなる燃費規制に対応すべく1・5ℓ直列3気筒ターボモデルを用意。一方で衝突安全性や居住性改善を目的にボディサイズはひとまわり大きくなった。

  実は新型ミニ、同業者の間でも賛否両論なのだ。否定派の言い分は「ミニなのに大きくなりすぎた」「乗った感じがミニらしくない」というもの。サイズに関して言うと、大きくはなったものの、全長はヴィッツより短い。全幅も1725㎜だから3ナンバー登録とはいえ乗っていて持て余したり不便を感じることはないだろう。僕としては依然として十分に「ミニ」だと思う。

  ならば乗った感じはどうか。たしかに新型ミニの乗り味は大きく変わった。エンジンも変わったが、それ以上に様変わりしたのがサスペンション。荒れた路面での乗り心地はちょっと信じられないぐらい快適になり、ロードノイズは大幅に小さくなり、ハンドリングの奥行きと自由度も増した。誤解を恐れずにいえば、まさしくFF版BMWといった感触なのだ。

  僕は、この進化を諸手を挙げて歓迎する。先代と先々代は、乗り心地と静粛性の2点において乗員に我慢を強いるクルマだった。その点、新型はためらわずに長距離ドライブに出かける気になる。それに、たしかにゴーカートフィーリングは薄まったが、オプションで可変ダンパーを注文してスポーツモードにセットすればあの懐かしい乗り味をあらかた再現することも可能だ。というわけで、ひと目でミニだとわかる個性的なデザインを維持したままより快適になった新型ミニを僕は高く評価している。しかしそれはひょっとするとクラシックミニに対する「思い入れ」がさほど強くないからかもしれない。否定派、肯定派、あなたはどちらだろうか?

7年ぶりのフルモデルチェンジで、「衝突被害軽減ブレーキ」や「アクティブ・クルーズコントロール」といった安全装備、ナビやリアビュー・カメラなどの映像が映し出される「センター・ディスプレイ」や透明プレートに情報が表示される「ヘッドアップ・ディスプレイ」(オプション)など、最新テクノロジーを採用。室内は後部座席が広くなり、荷室容量も約50ℓ拡大した。新色が加わり、全11色とカラーバリエーションも一層充実させている。

BMW MINI

車両本体価格:¥2,660,000(COOPER/MT、税込)
全長×全幅×全高(㎜):3,835×1,725×1,430 車両重量:1,170kg
定員:4人 エンジン:1.5ℓ3気筒MINIツインパワー・ターボ・エンジン
総排気量:1,498cc 最高出力:100kW(136ps)/4,400rpm
最大トルク:220Nm/1,250rpm 駆動方式:前輪駆動

文・岡崎五朗

Goro Okazaki

1966年生まれ。モータージャーナリスト。青山学院大学理工学部に在学中から執筆活動を開始し、数多くの雑誌やウェブサイト『Carview』などで活躍中。現在、テレビ神奈川にて自動車情報番組 『クルマでいこう!』に出演中。

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